晩秋の墓地を訪れて、墓碑銘を〈読んで〉みよう。

ペール・ラシェーズ墓地

 ペール・ラシェーズ墓地は、丘に広がる40ヘクタールもあるパリで一番大きい墓地だ。モリエール、ラフォンテーヌに始まり、ミュッセ、バルザック、プルースト、ドラクロワ、エルンスト、ショパン、ビゼー、サラ・ベルナール、シモーヌ・シニョレ、ジム・モリソン…と数多くの有名人の墓がある。ガイドマップをたよりにそんな墓を巡る人が絶えないが、そんなガイドは捨て、急勾配の敷石道をひたすら登ったり下ったり、墓と墓の細い隙間に滑り込むように迷い込むのも、悪くない。2時間も歩いていると、冬が近いというのに汗ばんでくるだろう。
そして一つ一つ墓碑銘を読んでいってみよう。32歳で亡くなった男性のものには、妻と子供たちの悲しみがにじみ出ている。また「野に咲く白い花のように、彼女は二つの夏を見ずに、幼くして亡くなった。マルグリットの花は刈りとられてしまった」という母の嘆きも見つかった。
 そんな残された者の悲痛が漂う墓たちの上に、1万2000本といわれる木々の高い枝から、光と鳥の鳴き声が振りかかってくる。なぜかよく肥えたノラネコが日当りで昼寝している。墓の中から真っ直ぐに太い幹が伸びている。墓の中の遺骸も少しずつ土に還っていく。(真)


75歳で亡くなったリベールさんの墓。
「真っ直ぐで寛大な心、真摯(しんし)で献身的な友。彼にとって一切の幸福は、子供たちを失った日に終わった」と刻まれてある。隣に並んでいる墓を見ると息子は8歳、娘は20歳で亡くなっている。


1871年5月21日から28日の間に、この壁の前でパリコミューンに参加した147人が銃殺されている。銃弾跡の残る壁は、ガンベッタ大通りに面した小さな公園に移されている。


こうした彫像が数多く残り、ペール・ラシェーズ墓地の歴史の古さを物語っている。


この墓地で、いちばん献花で溢れているのは、交霊哲学の創始者アラン・カルデック(1804-69)の墓。上部には「生まれ、死に、よみがえり、絶えず進歩していくことこそ、法なり」亡くなった人と心が通じるようにと、きょうも女性が思い出の手紙を、彫像の胸にあてて祈っていた。

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