〈自転車特集・1〉自転車(ヴェロシペード)に魅せられて。

サンクルー自転車競技150周年イベントの様子
2018年5月に行われた、サンクルー自転車競技150周年イベントの様子。自転車も衣装も1868年。 ©Philippe Rouede

 一時は開催があやぶまれたトゥール・ド・フランスも、8月29日、ついにニースをスタートした。9月20日まで日々テレビで結果を追う人も多いだろう。

 世界初の自転車競技は、1868年5月31日、パリ近郊のサンクルー公園で行われた1200mを走るものだった。翌年はパリ=ルーアンの二都市間を走る、世界初のロードレースが行われた。1817年にペダルのない、足で地面を蹴って進む自転車が開発されたが、1860年代になって前輪にペダルのついたものを馬車職人ミショーが開発し、自転車は富裕層の間で大流行した。性能がよくなり、安全性も高まり、19世紀末には量産も始まって社会に浸透していった。

今、パリは自転車専用レーンが張り巡らされた、サイクリストに優しい町になりつつあるが、初めて自転車レーンが作られたのは1897年、グラン・タルメ大通りだった。自転車を楽しむ余裕がある富裕層は、そこを通ってブローニュの森へ行き、サイクリングを楽んだという。

 当時の自転車(ヴェロシペード)を好み、実際に当時の自転車でツーリングや競技を楽しむ人たちがいる。今回はそんな人たちに、レトロな自転車の魅力を語ってもらった。(集)


台数を増やすより、今あるものを人と分かち合いたい。

アラン・キュヴィエさん 自転車コレクター

キュヴィエさんが作ったドライジーネ。背景の建物が、キュヴィエさんのプライベート・ミュージアム。
キュヴィエさんが作ったドライジーネ。背景の建物が、キュヴィエさんのプライベート・ミュージアム。

 パリから200キロほど南、ソローニュの森の一角にアラン・キュヴィエさんを訪ねた。1984年から自転車を蒐集してきたキュヴィエさんは、コレクションを見学したい人を予約制で迎え入れる。元は大工さんで、住んでいる家も、同じ敷地内にあるコレクションを展示する棟も自分で建てたという。レンガを使ったこの地域の伝統的スタイルの建物は、周囲の古い民家と調和がとれていて、昔からここにあったとしか思えない。屋根も自分で葺いたそうだ。

工房もある。キュヴィエさんは蒐集だけではなく、ミショー型からセイフティーまでの自転車を修復し、皮や木の部品なら自分で作ってしまうのだ。作業台には修復中の19世紀の自転車フレームが解体され、塗装を除去されているところだった。同じ台の上で、その自転車のサドルが作られている。暖炉もあるこのアトリエで、冬の日、ラジオを聞きながら作業するのが至福のひとときだという。

展示室には、1820年のドライジーネ、日本で「ダルマ車」とも呼ばれるオーディナリー自転車(キュヴィエ家の人たちは全員このタイプの自転車を乗りこなす)、第一次世界大戦で前線へ持ち込まれたフランス軍の折りたたみ式自転車 「ジェラール」など80台が並ぶ。そしてキュヴィエさんが 「鳩小屋」と呼ぶ2階の小さな部屋には、一番のお気に入りが収められている。1870年のBarberon et Meunier製で、フリーホイール機能の特許を申請した記録があり、この時代のヴェロシペードとしては世界でも珍しいもので、展覧会などに貸し出すこともある。

キュヴィエさんのプライベート・ミュージアム。
キュヴィエさんが「至福の時」を過ごす、自転車修理のアトリエ。


 ドライス自身が2世紀前に作ったドライジーネには2モデルあり、実物はオランダとドイツのミュージアムに保存されている。2016年、キュヴィエさんはそれらを採寸し、同じものを作った。その2台も展示されている。

2017年はドライジーネ発明、すなわち自転車誕生200周年の年だった。その記念イベント〈仏ナンシー = 独カールスルーエ〉230kmの旅に、キュヴィエさんは自分で作った愛車で挑んだのだ (冒頭写真)。ドライジーネを一台作るのには3週間かかる。一台作ったら愛好家仲間が同じものを欲しがり、すると他の人も欲しくなり…結局、合計で8台作ることになった。

 「コレクションを増やそうとは思っていません。もう収納するスペースもありませんし(ちらっと妻マルティーヌさんの顔色をうかがう)。それに、今あるものを楽しんだり、自転車が好きな人とコレクションのよさを分かち合いたいのです…、でも、そうは思いながらも、買っちゃうことがあるんですけどね!」(笑)。ドライス男爵がリュクサンブール公園でドライジーネを披露した1818年の200周年記念では、リュクサンブール公園に赴いてデモンストレーションをした。パリ=アヴィニョンも走破した。とはいえ記念の年ではなくても、また美しい自転車で町を疾走し、多くの人を魅了してほしいと願うばかりだ。

キュヴィエさんの一番のお気に入り、1870年Barberon et Meunier製。

Collection d’Alain Cuvier (予約制)
28 impasse du chais 41300 La Ferté Imbault
Tél. 02.5496.2202
alain.cuvier@orange.fr
●キュヴィエさんや小林恵三さんが参加する、ヴェロシペードでのツーリング記録は、こちらのサイトでみられます。https://velocipedistes.com


velocipedistes.com
Photo : velocipedistes.com

 自転車を「ふたつの車輪が縦に並んでいて人力で進む機械」と定義すれば、ドイツの発明家カール・フォン・ドライス男爵が 「ドライジーネ draisienne」を開発したのが最初ということになる。1817年のことだ。ペダルがないから足で地面を蹴って進む。それ以降100年ほどの期間は、以下のような時代に大別される。

まずは、パリの馬車職人ピエール・ミショーが前輪にペダルをつけた 「ミショー型 type Michaux」。次に、一漕ぎで、より大きく前進できるよう前輪を大きくした 「オーディナリーgrand bi」。これは速度は出ても、サドルが高く乗降が大変で事故も多かったので、安全性を高めた「セイフティーsafety」の時代が到来する。チェーンを付けて後輪を回すビシクレットbicyclette、前輪と後輪を同じ大きさにしたローバー号などがそれにあたる。

この号では、 元祖ドライジーネからオーディナリーまでの自転車「ヴェロシペードvélocipède」に魅せられて、自分で作ったり、実際にツーリングをしたり、歴史を研究する人たちに会いに行った。  


自転車がもたらす「生きるよろこび」を原点に。

小林恵三さん フランス在住の自転車史研究家

小林恵三さん

 自転車史の本や記事には、日本語のものでもフランス語のものでもKeizo Kobayashi の名前と著作名が必ずといっていいほど出典として記されている。小林さんの 『ヴェロシペードの歴史-ドライスからミショーまで 1817-1870 – 神話と事実』(*)は自転車史研究家にとっての重要な参考文献だ。

 小林さんは、家がパン屋さんを営んでいたため、近くの町に小麦粉を自転車で買いに行ったり、小学生の頃、朝晩の新聞配達をやっていたこともあって自転車との付き合いは長い。サイクリングなども好きだったが、19歳で日本一周の旅に出て、自転車に「ハマってしまって。そうすると、次は世界一周!ってなる、みんなね。僕もそうだった」。

小林さんは入学したばかりの群馬大学教育学部を1年で退学し、3年間土方のアルバイトで貯金をする。世界制覇のためのキャンピング車を東京サイクリングセンターでオーダーメイド。中国、チベット、インド、サハラ沙漠…と行程を夢見ていた。しかしスタート地点・中国のビザが下りない…。なら、世界一周は後にして、自転車の歴史の研究をしようと1974年に渡仏。イギリスなら「オーディナリー」や「セイフティー」、ドイツなら「ドライジーネ」。どの国でも研究したい対象はあったが、ドライジーネよりも前にフランスで発明されたという伝説の「セレリフェール」、ミショーが前輪にペダルを付けた「ミショー型」に興味があったからフランスを選んだ。後に、セレリフェールが自転車ではなく馬車だったと明らかになった時は「3日間眠れなかった」。

「いつか世界一周を、と今もどこかで思っている」とはいえ研究も佳境だ。実は小林さんは、パリのハイヤー会社アテナの人気ドライバーでもある。今は、幸か不幸か、お客様がないため、国立図書館に通い、研究に没頭する日々なのだ。自著の改訂、そして1870年〜85年あたりの 「オーディナリー」と、 「セイフティー」の歴史を調べている。もうじき半世紀になる息の長い研究は、日本一周で感じた自転車がもたらす 「生きる喜び」は何だろう?という疑問を原点に始めたが、まだその解答は得られていない。

 ここ5年間は〈パリ=アヴィニョン〉150周年、ドライジーネ発明200周年で〈ナンシー=カールスルーエ〉(上の写真はその途中の写真)などが続き、当時の自転車で同じ行程を走るイベントを企画。自ら当時の衣装をまとい世界からやってきた愛好家たちと参加する。トレーニングも怠らない。日曜日はベルサイユ近くの自宅から自転車(現代のもの)でサイクリングをするのを習慣としている。

日曜日は現代の自転車に乗る。photo: Brigitte Olivier

* Histoire du vélocipède de Drais à Michaux, 1817-1870, mythes et réalités* (1993)
photo : velocipedistes.com


自転車史 13の大きな出来事
誕生からツール・ド・フランスまで

1817  ドイツでドライス男爵が「ドライ ジーネ」開発。12.5km/hを記録。

1818  ドライス男爵がパリでドライジーネを披露。Vélocipèdeと呼ばれる。

1819  英国でジョンソンが「ホビーホース」(英国版ドライジーネ)製造。

1861  前輪軸にペダルを付けた自転車をピエール・ミショーが開発。(諸説あり)

1865  オリヴィエ兄弟とド・ラ・ブグリーズがパリ=アヴィニョン間走る(864km)。

1869  世界初の長距離ロードレース、パリ=ルーアン開催。

1870  ジェームス・スターレーが仏製自転車を見本に、コヴェントリーの自分のミシン工場で自転車製造を開始。そのためスターレーは英国で「自転車産業の父」と呼ばれている。

英国で最初のオーディナリー車「アリエル号」が造られる。

1885  スターレー&サットン社が最初の「セイフティー車」といわれる「ローバー号」を製作。

1888  空気の入ったゴム製タイヤをダンロップが実用化

1891  ミシュランが着脱が簡単なゴムタイヤを開発。9月6日、第1回パリ=ブレスト=パリ(ロードレース)で、そのタイヤを使ったシャルル・テロンが優勝。

1896  第1回オリンピック、アテネ大会。自転車競技は初回から正式種目に。

1903 ツール・ド・フランス始まる。

★オヴニー自転車特集、他の記事も合わせてお読みください。
〈自転車特集2〉レトロ自転車通 おすすめミュージアム


 

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