フランスでも片手で数えられるほどしかいないGraveur héraldiste(紋章彫り師)を生業とするジェラールさん。毎朝、11区のアトリエに着いても、直ちに仕事に取りかかることはない。「瞑想するように少しずつ自分の内面に近づいていく。精神状態はヨガと似ている」。他人との接触が多い地下鉄に乗ってきた時は、特にそのステップが大事だ。こうして徐々に外界からの刺激を断ち切った後、ようやく机に向かうのだという。手には専用のノミやキリ、目には双眼ルーペ。直径約1cmのミクロの世界に、ゆっくりと滑り込んでいくのだ。 「紋章」は、鎧に身を包んだ騎士たちが、互いに敵味方を識別するためのものとして、戦乱の嵐が吹き荒れる中世ヨーロッパに現れた。伝統的に図柄が楯の形の中に描かれるのはそのためだ。そして時代が下るにつれ、家族、ギルド、国家などの象徴として、紋章は広く使われるようになっていく。今でもフランスには、家系に伝わるシンボルをあしらった自分だけの紋章指輪を身につけている人がいるものだ。「私たちは混沌とした時代に生きていて、確固たる保証はどこにもない。だからこそ、きっと紋章を通して、揺らぎない自分の起源を確認したくなるんだ」と、ジェラールさんは分析する。 しかし、ここで疑問だ。家系の紋章をたどれなかったり、外国人の場合は、紋章指輪は作れないのだろうか。いえいえ、そんな時だってジェラールさんにお任せあれ。彼と相談しながら、新しい紋章を作り出すことも可能なのだ。彼自身も最近、義理の息子さんのために、新しい紋章入り指輪を作ったばかりだとか。「彼はセネガル遊牧民の子孫だから、“歩く人”のイメージを重ねたシンボルにした。ちょっとジャコメッティ風になったよ」。さあ、あなただったら、どんな自分用の紋章がご希望?(瑞)
Gérard Desquand Graveur héraldiste : |
紋章彫り師の中でも、紋章指輪を専門としているのは、現在フランスで彼一人。
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