恐怖特集

◆イノサン広場
納骨堂として有名なカタコンベができたのも、イノサン墓地がパンク状態だったからだ。イノサン墓地は1130年に設けられたが、当初から病院や死体公示所、墓地を持たない22の教会などからどんどん死体が運び込まれ、5 〜6
メートルの深さの共同墓穴に埋められていった。穴がいっぱいになると他の墓穴を掘っていたが、それでも運ばれる死体が多くて地面が盛り上がってしまった。
墓地をアーケードで囲み、商店を誘致したので人で賑うようになったが、それと同時に土を掘りかえし、出てきた骨をアーケードの空洞部分に積み、新たに墓穴を作った。「9日間で死体を食べる土」という定評があったけれど、1870年5月、墓穴内にたまりにたまった死体は、隣の建物の地下室とを隔てていた壁を突き破って臭いとともに地下室になだれ込み、隣人を窒息死させてしまった。


◆カタコンべ
カタコンべの入口脇には「採石場監督局」がある。モンスーリ、モンルージュ、モンパルナス地下一帯の採石場監督局だ。イノサン墓地の事故後、この採石場の使用されなくなった部所に納骨所を設けることになったのだった。ガロ・ロマン時代からあるこの採石場は広大な迷路の様になっていて、納骨所ができるまでは入市税を払わずに商品をパリに持ち込もうとする商人たちの抜け道になっていたという。イノサン墓地からは二百万人の骨を15か月間かかって、また更に他の墓地からもしこたま骨を移した。写真中、こんもりと小高くなった芝生の中央にポツンと古い廟堂のようなものがある。骨はここから地下に入れていたそうだ。カタコンベは今日では観光名所であるが、ここの幽霊に会ってしまったら年内に死ぬか、愛しい人を失うことになるという。絶対に会いたくない幽霊だ。それなのに、夜中に潜入して酒盛りをする老若男女が絶えなかったり、日中は見学者の長蛇の列ができている。なんとも不用心な人達である。

◆占い/魔術師、ラ・ヴォアザン「うちの亭主、いつ逝ってくれるのかしら」カトリーヌ、人呼んでラ・ヴォアザンのところへ来る女性客たちは、決まってそう訊ねたものだ。「(今のダンナにいなくなってもらって)再婚したい」「早く遺産相続したい」という考えにしびれる女性には秘蔵の粉薬を譲っていたという。彼女のレシピを少し紹介すると、新生児の血、肝臓、心臓は鉛を金に変えるために、胎児を乾燥させて粉にしたもの、山羊の精液、ガマ蛙の毒、コウモリの血は媚薬に効果を発揮していた、とか。


◆ビュット・ショーモン公園表紙のJ子さんの写真はやはり心霊写真のようです。ビュット・ショーモンの公園には自殺の名所「ため息橋」があり、そこで亡くなった人の霊が幸せそうな記念写真に参加してしまったものと思われます。手紙を書かれた日本のお友達も、交通事故など災厄に遭う前に、早くお祓いに行かれることをお勧めします。ビュット・ショーモンの公園のあたりからベルビルにかけての一帯は石膏が採れる場所でした。石はアメリカに輸出されたりもしていたのですが、1871年に800人ほどのパリコミューンの兵士の死体置き場となり、それ以降採石場は廃れてしまったという歴史もあるそうです。

       (美)

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