●Yann Thiersen “Dust Lane” (Mute)
ヤン・ティエルセンというと、映画『アメリ』の音楽を作曲したミュージシャン、で片付けていませんか。そんな人は、この彼の新作を聴いてビックリだろう。
1曲めの『Amy』。シンセのエフェクトだろうか、かすかに聞こえてくる気がする風の音、ゆったりとした海のうねり、鳥の声、そして、サウンドが少しずつ熱を持ち始め、柔らかな男性ボーカルがギターの反復音型の中から浮かび上がってくる。ブライアン・イーノの傑作『Before and after science』に迫るような音作りだ。
「アコースティックな楽器で短いパターンを紡ぎだしては、時間をおいてからそれをとり壊したりしながら、仕事を進めたんだ。シンセにも真剣に取り組み、ボイスも重ねて実験的なテクスチャーを目指した。そんなサウンドがみんな聞こえなくてもいい。大切なのは、いろんな音たちがみっしり詰まっていて緊張感があることだ」とティエルセンは語る。シンセ、弦、ギター、キーボードが次から次へと、丹念な心配りで音の層を作りながら、どんどんシンフォニックな響きにまで達していく。でも、どの曲にも、素朴で、ある時は優しく、ある時は暗い歌がある。「暴力的なまでにセンチメンタルだ」という評もあったが、心からうなずける。
彼は、ボクが毎年のように出かけていく、ブルターニュ西端の沖合いに浮かぶウエサン島に家と録音スタジオを持っている。墓地前のカフェで見かけることが多いが、美しいガールフレンドと大きな白い犬がいつもいっしょ。強風と荒波で名高い、この島の人になりきっている。この新作を聴いていて、「あっ、これは大海を前にした彼に聞こえてくるサウダーデsaudadeなんだ」と独りで納得。(真)