OVNI 574 : 2005/10/1

「(移民増加に直面している海外県などでは)生地主義が唯一とは考えるべきではない」

フランスの国籍法では、フランスで生まれた場合、原則的にフランスの国籍を得ることができるという生地主義をとっている(日本では、父または母の国籍に準ずるという血統主義)。ところが、マイヨット島を訪問中のフランソワ・バロワン海外県・領土担当相は、この生地主義に疑問を投げかける発言。この発言に対し、左派だけでなくサルコジ派のドヴェジャン議員も「欧州連合の要ともいえる市民の平等を侵しかねない発言だ」と強く抗議。

23 000人
サルコジ内務相が、2005年中に国外退去させようと思っている滞在許可証を持たない外国人の数。2004年度は約1万5000人が国外退去された。

14.7%
0歳から24歳までの子供が3人いる所帯は14.7%。子供2人は37.8%、1人は42%。所帯の38%が子供3人を望んでいる。

212万6719部
2004年度下半期および2005年度上半期のフランスで発行されている日刊全国紙の発行部数総計。この1年間で2.5%減。トップはLe Parisien/Aujourd’hui紙で1日平均49万6000部。それに続くのがスポーツ紙のL’ヒuipeで34万4000部。Le Figaro紙は32万7000部、Le Monde紙は32万4000部、Lib屍ation紙は13万5000部。

45% / 40%
9月初めにリベラシオン紙が行った世論調査によれば、ドヴィルパン首相の支持率が前月比3%増の45%。左派支持層の中でもファンが増えていて37%が支持。ドヴィルパン・ブームの波に乗ってかシラク大統領の支持率も32%から40%へ。

19歳になるカメルーン出身のギー・エッフェイエさんは、9月19日、ロワシー空港から国外強制退去されるところだったが、高校の同級生や教師、父兄ら200人が集まって阻止。21日、セーヌ・サン・ドニ県ボビニー市の裁判所で再審査が行われ、同県知事はバカロレア取得までという条件で1年間の滞在を許可。裁判所前に集まった支持者400人から歓声が上がった。エッフェイエさんは妻と生後4週間の我が子を抱きしめて喜びの涙。
●改修中のグランパレ一般公開

 毎年恒例の〈文化遺産の日〉に当たる9月17日から10月1日まで、1993年以来改修工事のため閉鎖されているパリ8区にあるグランパレの身廊が、12年ぶりに一般公開された。この日は、ルイ14世の命で製作された直径4mの天球儀と地球儀も四半世紀ぶりに公開。しかし、グランパレの改修工事は2007年末まで続く予定で、鉄とガラスでできたこの巨大な歴史的建造物が往年の姿を取り戻すにはまだ時間がかかる。
●失業者の監視強化へ
 9月19日、ラルシェ雇用担当相が5日付で出した、失業者への監視強化に関する通達の内容が発表された。それによると、ANPE(全国雇用局)から提示された就職口を失業者が1度拒否すると20%の失業手当カット、2度目は50%カット、3度目は失業者登録から抹消されて手当はゼロとなる。この措置に社会党、労組、失業者団体などは一斉に非難の声明を発表した。
●右派も左派も内部分裂?
 9月19日、21日と相次いで、右派の民衆運動連合(UMP)と左派の社会党(PS)の〈国会議員の日〉集会がスタートしたが、両党とも内部分裂を露呈する形となった。UMPは、大統領選出馬を公言するサルコジ内務相(同党総裁)とドヴィルパン首相が、「皆が結集することが喜びだ」と、党内結束を演出し、日頃の対立を打ち消すのに躍起。しかし翌日に行われた両氏それぞれの政策発表には明らかな相違が露出した。左派のPSも反主流派のぺヨン、モントブール両氏(新社会党NPS)とエマニュエリ氏が共闘を組み、やはり反主流に位置するファビウス元首相の立場は弱小化。オランド第一書記がかろうじて過半数をおさえているが、11月の第一書記選までは先の見通しが立たない状況だ。
●第3子からの育児休暇制度改正へ
 9月22日、ドヴィルパン首相は、第3子の育児のために母親または父親が3年間取ることができる育児休暇制度の改正を発表した。従来の3年間の育休(育休手当は月512ユーロ)に加えて、新たに1年間の育休(育休手当月750ユーロ)制度が設けられる。2006年7月から実施されるこの新措置は、第3子出産を奨励し、母親の仕事への復帰を容易にするのが狙いだという。
●小児性愛者の神父に懲役12年
 ウール重罪院は9月22日、ウール県リューレ教区のドニ・ヴァドボンケール元司祭に未成年強姦の罪で12年の懲役刑を言い渡した。同元司祭は、1989年から3年間に渡って当時14歳だった自分の教区の少年をレイプし続けていた。同元司祭が出身地のカナダで同様の罪で実刑を受けていた前歴を知っていながら、当時エヴルー司教だったガイヨ枢機卿がリューレイ教区への同司祭の赴任を受け入れたことが裁判で判明、カトリック教会の監督責任が問われている。