フランスの中のアジアを観察。

 フランスへの片思いが高じ長期滞在を始める人が多い中、河合妙子さんは異色の在仏日本人かもしれない。彼女の場合、海外への興味は、まずアジアにあった。ベトナム難民が日本に多く流れて来た80年代初頭に大学生だった彼女は、まずボランティアで難民援助運動に参加する。活動を通し、日本にいながらにしてアジア近隣諸国の友人が増える中で、「日本人だからこそもっとアジアを知らなければ」という気持ちを強くする。その後大学卒業と同時に台湾へ留学し、北京語を習得。一時日本に戻り、語学力を活かした仕事をするが、数年後にまた台湾の大学に復学。そして論文執筆の義務だけで、授業に出る必要がなくなった2年前、”たまたま” 知り合いがすでに住んでいたパリに引っ越して来た。現在は、ジャーナリズムに関する論文の執筆に集中する日々だ。
 さて、フランスに特別な思い入れがない妙子さんだから、パリで一番気持ちがいい場所も、古巣に帰った気がするという中華街。「13区ならばゼロから這い上がってきたベトナムやカンボジアの難民の人が多いし、3区のアール・ゼ・メチエ付近は、大陸から一獲千金を狙ってやって来た中国人が多い」と、パリに住むアジア人への視線は細やかだ。〈日本の中のアジア〉、〈アジアの中のアジア〉、〈ヨーロッパの中のアジア〉という3つの世界を、20年にわたり体験的に観察してきた妙子さんだからこそ、特別に見えてくるものがあるのだろう。
 「アジアの人々がフランスに何を求めてやって来て、どこに行こうとしているか、心情的な部分も含め本にしてみたい」と抱負を語ってくれた。(瑞)