グレゴリー事件の判事自殺

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グレゴリーちゃん殺害事件を1984年の発生当時に予審判事として担当したジャン=ミシェル・ランベール氏(65)が自宅でビニール袋を頭にかぶって死亡した。争いの跡がなく、遺書があったことから自殺と見られている。当時32歳だった同氏は、予審判事として初の同事件捜査の不備をメディアなどから批判され、87年に事件から外された。4通の遺書のうち、レスト・レピュブリカン紙宛ての遺書には、最近再開された捜査の方向性を批判しつつ、「もう闘う気力がない」と書かれていた。