「お役所や社会の偏見につぶされてしまったの」。小柄で快活なパリジェンヌのエルザさんが静かに語りはじめた。2006年、マラケッシュの吸い込まれるような青い空の下、長身でたくましいユーセフさんに出会った。モンペリエ在住のモロッコ人だ。客引きや荷馬車の喧騒、迷路のように入りくんだスーク、香辛料の香り…異国情緒に陶酔した。そしてバカンスは終わりを告げた。パリに戻ったエルザさんは、ほどなく体調の変化に気づく。「あなたの子を妊娠したわ。早くフランスに戻ってきて!」。幸せはすぐそこにあるはずだったが…。 電話口で意外な事実を知らされたのは、出産の直前だった。10年前、フランスから不法滞在で強制送還されたこと。その後、海を渡ってフランス女性と結婚したが偽装結婚とみなされ、またモロッコに戻されたこと、フランス在住は真っ赤な嘘だった。「自分でも笑っちゃったわ。こんなハチャメチャな展開、私にはぴったり」と楽観的にとらえた。 「赤ん坊には父親が必要です」。急いでユーセフさんの滞在申請をスタート。だが「正当な愛」を主張しても、観光ビザさえ下りない。法務省によると、2006年はフランス国内で1824組の結婚が却下された。そのうち57%が偽装結婚とみなされている。 子供の誕生以来、周囲の自分を見る目が明らかに変わってきたと思う。PMI(母子保護相談室)では「滞在許可目当てで子供をつくるんじゃないってこと、分ってるわよね」と言われ、行かなくなった。二人の間にも、次第に温度差を感じるようになってきた。フランスに出稼ぎに行きたいユーセフさんは、「平均月収200ユーロのモロッコで働くのはバカバカしい」と、今も実家でぶらぶらしている。失業中のエルザさんは養育費をもらったことがない。「カップルとしては、もうおしまいよ。男尊女卑の強いモロッコには、住めそうにないし、彼がフランスに来ることも無理でしょう」。もともと冒険は好きなほうだが、こんなあやふやな状態に疲れてしまった。今、二人の関係に終止符を打とうとしている。(咲) |
これから相手に期待したいことは?
二人で出かけた好きな場所は? 一番記憶に残る食卓の思い出は? カップルとしての満足度を5つ星でいうと? |