「ワインはおいしければなんでも」で済ましてきたオヴニーのスタッフが、しばらく前から、有機栽培されたブドウを原料にし、醸造過程でも酸化防止のための亜硫酸などの化学物質を一切加えていないオーガニックワインを飲むようになってきた。理由は簡単。まずうまい。胃に優しい。二日酔いをしない。オーガニックワインを作っている、アンジェ市とナント市のちょうど中間に位置する〈Domaine de la Paonnerie〉を訪れてみた。
試飲所も兼ねたブティックで、100年以上経ったシュナン種の木に実ったブドウから作られたという極上の〈ピノー〉をアペリチフに、ジャックさんの話が始まった。
「私たちは1998年からオーガニックワインに切り替えた。化学肥料や除草剤などで土質がどんどん悪化してブドウの木が病気になっていくのを見るのが堪えられなかったからだ。このドメーヌは5代にわたってワインを作ってきたけれど、40年ほど前までは、有機栽培のブドウでふつうにナチュラルなワインを作っていたんだ。それがいつの間にか生産量優先になり、化学肥料や除草剤などが行き渡ってしまった」。奥さんのアニェスさんがうなずきながら、ラングスティーヌとカキの盛り合わせを出してくれた。「こういう海の幸には、きりっとまっすぐな性格のムスカデしかない」とムスカデにチェンジ。「当初はむずかしかった。2年目には虫害でムスカデ種のブドウの90%がやられたし、オーガニックワインはまずいという先入観から客も50%も減ってしまった。それからだんだんオーガニックワインに興味を示す人が増えてきて、客数も前以上になったけれど、いちばんうれしいのは、ブドウの木に精気が戻り、ワインの質が年々向上していくことさ!」
ここでハトの赤ワイン煮が登場して、アンジュー・ヴィラージュの栓が抜かれた。ほどよいタンニンでこくがあり、カベルネ種のブドウならではのスミレを思わせる風味が心地よい。このあたりの土はマグネシウムや鉄分に富んでいるので、これだけ北に位置していてもおいしい赤ワインを作ることができるのだという。「ブドウ畑は23ヘクタールで毎年12万リットルのワインを作っている」と言いながら醸造所を見せてくれた。ステンレスやグラスファイバーでできた容量1万2000リットルのタンクが列を作っている。ジャックさんは、タンクの蛇口をひねって、やや濁っている新酒をボクらに味見させてくれながら、「数回完全にワインを入れ替えて、適度に酸化させたり、底にたまる澱(おり)と混ぜ合わせたりしながら、ワインの味を作り上げていく。最後はオーク材の樽で仕上げ。ここではバッハの音楽を聴きながら仕事をすることにしている。作り手の心がワインに微妙に影響するからね」
秋の陽が傾いてきた。100年以上のシュナン種のブドウを栽培しているジョゼフさんのところに案内してくれた。「ジョゼフさんとは長い間いっしょに仕事をし、信頼できる人なので、ここからピノー用のブドウを買わせてもらっている」。その樹齢100年のブドウの木は思ったより若々しい。そのあとは、ジョゼフさんのカーヴで、20世紀のミレジメの中でも最高だった1989年の絶妙の白と赤を味わった。「どちらも、オーガニックだけれど、みごとな熟成ぶりだろう! オーガニックでないワインは、瓶に詰める時に棺(ひつぎ)に詰めたようなもの。15年経ったって味は15年前と同じでつまらない!」。オーガニックワインに打ち込むジャックさんの目がきらりと輝いた。(真)
樹齢100年以上のシュナン種のブドウの木。
ジョゼフさんが1989年の白を味わっている。
容量1万2000リットルのグラスファイバー製タンク。