大量生産のアクセサリー問屋が並ぶ3区のタンプル通り。157番地の中庭奥には、アールデコ調の白亜の建物が現れた。大量生産とは対極の道を歩む金銀細工師orfèvre工房〈ラッパラ〉だ。「私はもともと建築家。でも35歳の時に父から少し仕事を手伝ってと言われ、そのまま34年経った。建築も金銀細工製品も、後生に残り、人の生活に近い人間味溢れる仕事という意味では同じ」。1898年創立の老舗メゾン代表で現役職人のオリヴィエさんは語る。
優しい陽が注ぐ正面のショールームでは、食器やアクセサリーが華やかに光を放つ。だが扉を隔てた工房内は一転して薄暗く、19世紀のすすけた大型プレスマシーンが片隅に鎮座する。棚には鋳型の数々。手のひらにとると時間の重みも加わり、ずっしりと沈む。2階は製鉄、彫金、研磨、彩色の作業に勤しむ職人らの姿があった。
金銀細工は中世に聖遺箱などが宗教分野で多く見られたが、文化として開花したのは17世紀。貴族は権力を誇示できるきらびやかな工芸品を重宝した。ルイ15世様式、帝政様式、ルイ・フィリップ様式と時代ごとに多様なモデルが誕生。金銀細工師の仕事は時代とともにあるのだ。ショールームでは時代を映す鏡でもあるナイフとフォークのセットcouvertを約100種類揃える。「人気の品は皇后ジョゼフィーヌのためにルイ15世のお抱え職人トマ・ジェルマンが手がけたモデル。独占モデルで他所では入手できません」。ナポレオンも晩さんの席で使っただろうか。
時は流れ現在、豊かな金銀細工の文化史を享受できる立場にあるのは、フランス人よりむしろ外国人。経済発展が目覚ましいロシアや中国からの個人客が目立つのだ。そしてオリヴィエさんは、歴史という名の付加価値を、得意の語りで付け加えるのを忘れない。「歴史の伝承も私の大事な仕事ですから」(瑞)
Lapparra :
157 rue du Temple 3e
www.lapparra.com/
棚に所狭しと並ぶ鋳型。
工房ではガスバーナーで作業中だ。
一点ものは完成まで数週間かかることも。
ジョゼフィーヌ皇后のために デザインされた帝政様式の フォークとナイフ。
凱旋(がいせん)門賞の トロフィーも手がけた。