患者さんそれぞれの立場、彼らの色々な痛みに立ち会っていくことです。
最初に、ローランスさんになぜお医者さんになろうとしたのかたずねてみた。
「1960年代に放映されていたテレビドラマ『Cécilia, médecin de campagne 村の医者セシリア 』に、当時10歳の私はくぎ付けだったの」と、はにかみながら語り出してくれた。「叔母も医者でしたが、その頃から、将来はニコル・ベルジェが演じるセシリアみたいなお医者さんになるって心に誓ったの」
バカロレア取得後大学医学部に進学。インターンを経て15区の診療所で働き出す。「8カ月しか続きませんでした。15区の雰囲気になじめなかったし、何より私は公立の診療センターCentre de Santéで働きたかったのです」。診療センターとは、病院のように長期の治療を施す所ではなく、主には診療、そして予約を取らずに診察を受けられる機関だ。
ローランスさんが医師業に就いた時代、医師が社会の啓蒙的な役割を担っていたという。治療が受けられる権利を説いたり、予防の大切さを教えたり、セシリアがドラマの中で演じた医師という仕事が見えてくる。
「15区の後、パリ北郊外ブランメニルの診療センターで少し働くことができたのですが、しばらくして『青い波』がやって来て、地方自治体、共済組合などの資金で成り立つ診療センターは次々に閉鎖されてしまいました。『青い波』というのは、当時『赤(左派)』の市が多かったのですが、1970年後半の選挙で『青(右派)』の市が大幅に増えたことです」
その後、オペラ座がオープンされる前の、バスチーユ界隈にある診療所から声がかかり、以来11区で、30年にわたり開業医として地元の患者、そして口コミで訪れる移民などを診ている。「一般内科医に引かれたのは、専門分野で治療に携わるより、医療を受ける人たちにとっての最初の窓口にあたるからです。それには全体的な視点が必要だし、根源的な治療の第一段階でもあるのです。患者の
立場を理解し、彼らの痛みに立ち会う者として臨床すること、それが人々を理解する方法であると思っています」
最近行われた医師たちのストライキに対しては、ローランスさんは反対だ。
「開業医の収入は原則として診察料です。現在主治医の診察料は23ユーロですが、ストライキの要求の一つに、それを25ユーロに値上げするという項目があります。ところが、私のところに来る患者さんたちには23ユーロでも決して安くない。健康保険Sécurité Socialeで普通65〜70%が返済されるけれど、社会保障が受けられないなど様々な状況で生きている人々がいます。また、今回のストライキでは、公に言及されていないけれど、開業医が、基本診察料とは別に健康保険から補足金が受けられるという要求項目もある。値段の安いジェネリック医薬品を患者にすすめた場合にこの補足金が得られるのです。ですが、最低賃金生活者や路上生活者に目を向けた時、私たち医師にはこれ以上もうかるシステムは必要ない、と私は考えています」
ローランスさんは、現在も診療と同時に、大学病院などで行われる研修にも出ている。
「日々前進する医学、そして新しい医療機器の使用法、新薬の効用など、医師という職業は終生勉学だと思っています」(麻)
一問一答
一日何人の患者さんを診ますか?
平均20人でしょうか。一人にできるだけ30分はとるようにしています。
患者さんからナンパされたことは?
私が若い頃は、それはそれは多かったですよ。自分の性器を見せに来る変な患者もいましたが、そういう場合はすぐに追い出しました。
診察のミスはありますか?
どんな職業でもミスというのはあるでしょうね。私もミスをおかしたことはあります。具体的には話せませんが…。
患者のカルテは定年後どうするのですか?
30年間保管が義務で、もちろん保管してありますが、その後どうするか頭を抱えるところです。
お昼ごはんはどのように?
診療所にキッチンもあるので簡単なものを作ったり、サンドイッチをテイクアウトしたり。レストランに行くことも時々ありますが大体一人です。
定年後はどのように過ごしたいですか?
できれば最後まで医師として全うしたいです。
ローランスさん自身に主治医はいますか?
私が私自身の主治医です!
打腱(けん)器。 腱反射をみるハンマー。
聴診器。19世紀に、フランス人医師ラエネックが考案。内科医には欠かせない器具だ。
血糖値測定器。糖尿病患者はもちろん、 食習慣改善にも有効。
血圧計。主に上腕動脈を測定。 聴診器同様、19世紀から 20世紀にかけ実用化された。