アッサン・マスディさんは、フランスにアラビア書道を広めた第一人者。ウルク運河に小雨が降り注ぐあいにくの空模様にもかかわらず、小さなアトリエには人足が絶えない。 故郷のイラクで幼いころから伝統的な書を学んできたというアッサンさん。政治情勢が悪化した1960年代後半、フランスに亡命し、ボザールに入学した。ここで次第に自身の芸術の源でもあるアラビア書道と他分野の芸術との融合を試みるようになった。例えば、従来のアラビア書道は黒一色を使うのが基本だが、彼の作品には色が鮮やかに舞い踊る。「文字がデッサンに近いことやかすれた色使いは、東洋の書からの影響がある」。また全体のイメージは、古今東西の文学者の「詩」や「警句」からインスピレーションを得ることが多い。紙の上で文字が積み木のように崩され、自由に配置し直される。「彫刻家の仕事にも似ている」という。 ここで、彼の実際のお仕事ぶりを拝見。とはいえ本日のような人出が多いアトリエ開放日は本格的な作品制作には向かないので、著書にサインを入れているところを見学する。そう、彼は書のアート本やエッセイなど、すでに20冊以上も本を出しているのだ。まずはカラムという専用筆を作るために、葦(アシ)を削り、丁寧にヤスリをかける。そしてインクを筆につけ文字をしたためる。すると、みるみるうちに優美な文字が浮かび上がった。元のアラビア書道を大胆に解体しながらも、軽薄さとはほど遠いアッサン流の書体だ。ずっしりと芯が通り、ブレがない。まるで東洋と西洋、伝統と革新をつなぐ絶妙なバランスの綱渡りの上に、彼だけの揺るぎない力点を発見してしまったかのようだった。(瑞)
Hassan Massoudy :18 quai de la Marne 19e |
優美なダンスを思わせるマウディさんの書体。 「本当はイラン産のカラム(専用筆)がいいのだけれど、遠いので南仏の葦を取ってきて自分で作っている」
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