オロールはモンタンの娘ではなかった…


元女優アンヌ・ドロッサールの娘オロール(22) が、今は亡きイヴ・モンタンの実子かどうかで 9年間争われてきた訴訟(OVNI407号)で、去年11月のパリ控訴院の決定により3月11日にモンタンの遺体が掘り出され、3人の鑑定人が各自DNA鑑定を行った。6月12日、結果は100%ネガティヴ、 「オロールはモンタンの娘ではなかった」 というセンセーショナルなニュースが報道された。はたして、ドロッサール母子のモンタン父親説は彼女らの思いこみによる幻想だったのか?
 しかし、アンヌ・ドロッサールは「73年、20歳の時に南仏サンポール・ド・ヴァンスで『友情』*(ソーテ監督) を撮影中のモンタンと出会い、関係は2年間続いた。オロールの父親はモンタンでしかありえない」と主張する。 France-Soir紙(6/3)のインタビューでも「掘り出した遺体の歯はモンタンのものではなかった」と、 DNA鑑定結果の信憑性を疑い、弁護士もその方法自体を問題視し、闘いを続ける意向だ。
 一方、 Paris Match誌(6/11) はアンヌの女友達のインタビューを載せている。旧友は「75年いっしょにスキーに行った時にアンヌが『妊娠したかも』と私にもらしたので『誰の?
』と聞いたら『スキーの指導員』と答え、それから『モンタンに会いに行ってみる、生理って遅れるもんネ、気にしないわ』と言っていた」と語っており、アンヌの言い分をくつがえす発言として各紙が引用している。
 94年の一審で、オロールがモンタンに似ていることや証言等から、彼の実子であるとの判定が下って以来、 4年間オロールはモンタンの娘になりきって、DNA鑑定の結果にすべてを賭けていただけに、彼女の受けたショックは大きい。母親に「パパはモンタンなの。彼が認めたくないだけ」と言い含められて育ってきたのだから。
 今日オロールは父親探しの苦悩に打ち勝つために仏教を信じ、合気道の訓練に励んでいる。ドロッサール母子のモンタンをめぐる葛藤劇は、近日発行される共著「Pour l’amour d’Yves Montand」(Ed.Rocher)で語られることだろう。
 一方、シニョレとアレグレ監督の娘でモンタンの養女となったカトリーヌ・アレグレは、 「9年間の醜悪な訴訟から解放されモンタンもやっとシニョレのそばで安らかに永眠できる」と安堵の表情。彼女は傷ついた父親のために、手記「Au non du père」(Ed.Stock)を発行したばかりだ。
 モンタンをはさんでの遺族とドロッサール母子の相克は、両者の著書の中に持ち越されそう。
(君)


親子関係解明のためのDNA鑑定
698件 生存者に対する鑑定 (’95)
1件  埋葬前の遺体への鑑定 (’96)

1件  掘り出した遺体への鑑定 (’97)

Liberation : 1998/6/12