— レジオンドヌール勲章の 色は一週間かかる
携帯もある。メールもある。今や手軽に用件を伝える手段にはまったく事欠かない。しかし時間差を伴って、人の手から手へと届く紙のメッセージはやはり味わい深いもの。パリ10区にアトリエを構えるエリックさんは、カードや手紙にさりげなく彩りを添える職人技を持っている。手動のプレス機を使い、スタンプや浮き出し模様で美しい文字や絵柄を入れるのだ。彼がこの道に入った80年代はパリで10人ほどの仲間がいた。だが現在、手作業にこだわる生粋の浮き出し模様印刷職人(Timbreur)はエリックさんただ一人。07年には無形文化財企業に指定された。
木製の引き出し内には動物、紋章、アルファベットと、多様なモチーフを刻む1500もの鉄の型が並ぶ。「絵のスタイルや型の厚みから作られた時代がわかる」そうで、19世紀の型だってまだまだ現役で活躍中だ。筆者が心惹かれたのはやはり動物シリーズ。カバ、タコ、ミツバチ、タツノオトシゴ…。生き物としてのフォルムが慎ましくも生き生きと表現。自然が織りなす形はつくづく完璧なのだと感じ入る。「キレイですね」と思わず手を伸ばすると、すかさずエリックさんから「触っちゃダメ!」とお叱りの声が飛んだ。鉄に湿気は厳禁で、錆び防止のニスは必需品なのだ。失礼しました。
一日に作業する紙の枚数は約500枚。多色使いの模様を手がける場合は時間もかかる。例えばフランシス・フォード・コッポラ監督のレジオンドヌール勲章受賞を知らせるカードを担当した時は、「一色乾かすのに一晩かかるから、6色使って一週間もかかった」とか。コッポラ・ファミリーとは縁があるらしく、娘ソフィアが息子の誕生を告知したカードも手がけたという。「でも彼らは7区の高級文具屋に注文する。実際の作業はうちがやるけど。お金持ちは10区までは来ないよね」。特に卑下する様子もなく、エリックさんと妻のローランスさんはにこりと笑い合った。(瑞)
動物シリーズの型
ロックやテクノを聞いて仕事をするよ
このプレス機で立体的な 絵柄が浮き上がる
レジオンドヌール勲章。「これは失敗作!」と念をおされた
手紙が書きたくなる併設の 文具ショップ
L'Atelier Lejeusne
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