「燃える男の、赤いトラクター、それがお前だぜぇ」。
今でもトラクターを見るたびに数十年前の小林旭のCMの歌声が、頭のなかでこだまする。車高が高いトラクターに座ると玉座のような高揚感を感じるし、直径2メートル以上もあるような車輪は、どんな悪条件の大地も邁進(まいしん)する。「お前」と人格を与え、心の拠りどころにし、怪力に陶酔したくもなるだろう。スーパーカーの筆頭格ランボルギーニだってトラクター生産がブランドの起源で、昨秋も新モデルを発表したばかり。負けじとフェラーリもトラクターを販売している。こんなスーパートラクターを持ったら、なおその相棒の力を誇示したくなるだろう。などと夢想させられる事件が起きた。
ウエスト・フランス紙によると、ノルマンディー地方はバイユー近くのディスコ、Le Guestにトラクターが突っ込み、ディスコの喫煙コーナーを破壊した。トラクターを運転していたのは隣町の住人で、農業に従事する30歳の男。酔っ払ってディスコからつまみ出されたことを恨み、復讐に及んだとされる。負傷者はなかった。
通報により警察が現場に駆けつけると、トラクターは現場から逃げ出す。逃げ道を封じようと警察は馬鍬(まぐわ)を横たわらせる。しかし農耕機の強靭なタイヤは、馬鍬をも踏みたおして進む。街角のクリスマスの電飾が障害物となり、トラクターが一時停止すると、すかさず警察はトラクター運転席のガラスを壊して催涙ガスを投入。しかしトラクターは暴走を続け、しまいには警察の車に突っ込み、車内の警察官を負傷させた。トラクターチェイスは3時間続いたが、午前7時、男は相棒のトラクターを置き去りにして走って逃げた。男は、その後も行方をくらましていたが、夕方になって自首。裁判が19日から始まるそうだ。(美)