オリーヴの樹の栽培は六千年前に中東で始められたとされているけれど、今では世界の90%以上が地中海沿岸で栽培されている。きっとフランスでも栽培がさかんに違いないと思いきや、世界のオリーヴの樹のうち南仏沿岸のものは実はたったの0.5%。フランスで見かけるオリーヴオイルにスペイン産やイタリア産が多いのには、そんな事情もあるのだろう。日本では、フランスから19世紀に苗木を輸入してオリーヴを栽培したという記録が残っている。今では小豆島産のオリーヴオイルが知られているものの、言わずもがな、その生産量は世界レベルとは比べものにならない。
自国での生産量は意外と低いとはいえ、オリーヴオイルはフランス人の日常にすっかり溶け込んでいる。パリの町中には何軒か専門店があるし、食材店などに行っても、選ぶのに迷うほど多様なオイルがずらりと並んでいる。フルーティーなもの、苦みのあるもの、ハーブで風味をつけられたものなど、料理によって好みのオイルを使いわけるこだわり屋も多いからだろう。健康志向も手伝ってか、ちょっと気のきいたレストランに行くと、パンに添えられるのがバターではなくてオリーヴオイルということも。そんな時に供されるのはたいてい一番搾りの新鮮なオイル。果実の恵みそのものをいただいているようで、なんとも幸せな気持ちにさせられる。古代ローマでは、そんな上質のオリーヴオイルを「油の花」と呼んでいたそうだけれど、ぴったりのネーミングだと思う。
南仏に行けば、生産者が造りたてのオリーヴオイルをマルシェで直販売をしていることがある。ラベルの貼っていない空き瓶に詰められた黄金の液体は、いかにもおいしそう。南仏なまりのおじさんのいきおいにつられて、思わず重たい瓶を買って帰ることになる。サンドイッチにもオリーヴオイルが豪快にまぶされていて、食べているうちに手が油まみれになってしまったりするのもまた愉しい。
食卓に「油の花」があれば、どんな手抜きの料理でも、決してわびしい気持ちにならないのはふしぎだ。ただのパスタやシンプルなスープが、存在感のある料理に早変わりしてくれる。パンといい、塩といい、太古から人が繰り返して食べてきた食品には、確かな底力があるみたいだ。(さ)
参考資料:『オリーヴの本』ベルナール・ジャコト著、小林淳夫訳(河出書房新社)