—やっぱり、春先ってのは気分がいいや。よぉ、八っつぁん、今日はここらで仕舞ぇにして、河岸(かし)で一杯しっかけたら、いつもんとこにしけ込もうじゃねぇか。
—熊公の博打好きにゃ困ったね。こっちは財布がもたないよ。
—お足がねぇのはお互い様だ。野暮なこと言わねぇで、お前ぇさんも江戸っ子なら、「嬶(かかあ)を質に置いてでも」とこなきゃ。
—おい熊公、それが問題でよ。先月25日の『パリジャン』にそれを地でいっちまった輩(やから)のことが書いたあったぞ。
—お前ぇさんが横文字を読めたとは知らなかったぜ。またいい加減なことを言って逃げるつもりだろう。
—まぁ、聞けよ。何でもレユニオン島のラ・プレンデ・カッフルってとこに住んでる女性が、33歳の息子と42歳の彼の妻を強姦罪で訴えているそうだ。
—うちも姐(あね)さん女房だし、年増(としま)もまんざらでもねぇが、さすがに手めぇのお袋さんに手ぇ出すのはよくねぇな。
—強姦罪といっても、どうやら強制売春のほうだったらしい。窓を閉めきった家に、男たちが何人もとっかえひっかえ出入りしてたんで近所の人もおかしいと思ってたんだが、「御用だ、御用だ」とお上が捜査にはいったら、夫婦が母親だけじゃなくて、他にも数人のホームレスを軟禁して客を取らせてたのが分かったそうだ。針金で足を縛って逃げねぇようにして、地べたに直に敷いたマットレスに寝かせて、持ちモンも全部取り上げて。挙句にゃ、各人に支給されていた失業保険とか社会保障まで巻き上げていたんだとさ。
—ひでぇ話だ。その夫婦はぶん取った金をどうしたんでぇ?
—競馬に使っちまったそうだ。最初は週にせいぜい15ユーロくらいだったのが、最後は何百ユーロも賭けるお大尽振りだ。
—馬券屋もいぶかしがったろうな。
—お縄をちょうだいして、さすがの放とう息子も「恥ずかしいことした」と反省してるらしいが、これからどういうお裁きが下るのかはわからねぇ。へたすりゃ20年の禁固刑だとさ。おい熊公、顔色が悪そうだな。蕎麦の屋台が見えてきたぞ。出汁のきいたいい匂いがすらぁ。どうでぇ、景気づけに一杯いくとするかい。
—いや、今夜はよしておこうぜ、八っつぁん。おいら嬶を質草にとられても流しちまうほど薄情じゃねぇが、こっちがブタ箱に入れられたら、あっちはどうだか分からねぇ…。 (浩)