— 椅子の籐(とう)張りと藁(わら)編み職人 —
「同じ職業の父に手ほどきを受けた。小さい時はよい小遣い稼ぎにもなったよ」。サンジェルマン・デプレからモンパルナス界隈へと伸びるシェルシュ・ミディ通りで生まれ育ち、還暦を過ぎたフレデリックさん。椅子の籐張りと藁編み職人(canneur/rempailleur)として、今もこの通りにアトリエを構える。
藁編みは、18世紀にヴェネツィア近郊で盛んだった技術がフランスに伝わったもの。田舎風の温かい雰囲気は、フランス人の心もすぐに
つかんだ。一方、籐張りの発祥はアジア。オランダやイギリスを介し、17世紀半ばに技術が伝わったが、とりわけ18世紀のオルレアン公ルイ・フィリップの時代にその評判が広がる。チュイルリー宮殿では、それまで幅が狭かった肘掛け椅子に変わって、大きなスカートをはく女性にも座りやすい籐張り椅子が重宝されるようになったのだ。以後籐張り椅子は、レジャンス(摂政時代)様式、ロココ(ルイ15世)様式、16世様式と、時代に寄り添いながら発展してきた。だから宮廷文化の流れをくんだ、立派なフランス文化といえるのだ。
フレデリックさんは、藁編みよりも籐張りの仕事に愛着がある。「藁編みは編み物に似ている。手を動かせば、ある程度自動的にでき上がる。でも籐編みは椅子の形が変わると、新しい挑戦になる。プロになり40年以上経つけど全く飽きない」。思い出深い椅子は、同じ通りのご近所さんが持ち込んだもの。「第一次大戦の空襲で、爆発の破片が入った椅子でした。歴史の証人として、今も大事に残しているそうです」
彼の話を聞いている最中も、お客さんはひっきりなしに訪れる。近所に住むおじさんは、祖母から受け継いだというナポレオン3世様式の籐張り椅子を持ち込んできた。早速フレデリックさんが椅子を裏返して見てみると、白いシールが。15年前に彼が直したという印だ。「15年はだいたい張り替えた籐の寿命。こうして再会できるのはやっぱりうれしいね」(瑞)
Maison GALLIN/Canneur-rempailleur :
108 bis rue du Cherche-Midi 6e 01.4548.6904
籐張り中。間隔を整えるため 鉄の櫛のような道具も使う。
左が藁編みの椅子。