金銀細工師
1974年、結婚をきっかけに渡仏したグルジア出身のグジさん。手元には、母から譲り受けた6本の銀のスプーンがあった。「仕事もないので、これを溶かして指輪にした。10個できたから、プロ用の見本市に出品。すぐに売れたんだ」。当時、旧ソビエト連邦構成国だった祖国では「貴金属品の製造」は国の専売特許。一般の人には法律で禁じられていた。だから彼にとって、フランスは堂々と貴金属が扱える自由な国だった。槌(つち)などの仕事道具も自分で作り、技術も自己流で改良を重ねていく。「グルジアは物があまりない国。だから自分で何でも作る習慣が身に付いていた。逆にフランスに来て、あまりの消費文化に驚いたけれど」
40年が過ぎた今も、モンマルトルの工房をのぞけば、槌で金銀をたたき、トーチバーナー片手に溶接作業を続けるグジさんがいる。「とにかく体力がいる仕事。でもおかげで医者いらず。スポーツジムは必要もない」。作品は、夢の中や田舎で出会った動物たちからインスピレーションを得ることが多い。想像力の自由な羽ばたき、詩心を感じる世界観は、同郷の知人オタール・イオセリアーニやセルゲイ・パラジャーノフといった映画人に通じるところもある。
現在グジさんは、現代アート作品も手がける一方で、教会で使われる洗礼盤や祭壇、燭台、十字架といった宗教美術品制作のスペシャリストとして、揺るぎない地位を確立している。彼の作品を所蔵する教会は欧州で約30。ノートルダム大聖堂、シャルトル大聖堂といった有名カテドラルも、リストに名を連ねる。
手持ちの銀のスプーンを溶かして始めた金銀細工業も、今やレジオンドヌール勲章や、仏版「人間国宝」であるメートルダールの称号を得るまでになった。「でもメートルダールのように、『伝統を受け継ぐ人』という考え方は、自分には合わない。伝統を守ることを口実に、人真似はしたくない。私は一生、自分のオリジナリティを追求したいし、今も毎日、発見の日々を過ごしているよ」(瑞)
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たたき続けて40年。
トーチバーナーを使って何度も火を当てる。
ローマ法王も、 グジさん作の洗礼盤に賛辞。
修道院のために作られた福音書。
午年にちなんだ作品。