石工の仕事は ひたすら時間との闘い。
宝石のような古城が散在する風光明びなロワール地方。高さ48mと、フランスで最もノッポなお城で有名な町ブリサックのほど近くで、19世紀に建立された個人の城館が修復中である。現場では足場が高く組まれ、5人の男たちが作業に勤しむ。ひたすら石の壁をこすり、削り、磨き続けている。「仕事は時間との闘い」と語るのは、この道35年のジャン=ルイさん。本修復に着手して、すでに3年が経過した。完成まではあと1年半はかかるとか。
突然、キーキー音が耳をつんざく。木板に数十の小さな刃を埋め込んだ工具Chemin de fer(鉄道)」のせいだ。ジャン=ルイさんは、石の表面を滑らかにすべく平然と作業を続ける。「嫌な音だけど慣れました。医者は耳栓をすすめるけど」。
石工職人tailleur de pierre(maçon)の仕事は、人類の歴史とともにある。古代エジプト・ギリシャ・ローマ時代の巨大な建築群が証人だ。フランスでも石工の伝統は綿々と続いてきたが、転換期となったのは1930年代。コンクリートや鋼鉄の台頭で、石造りの建築が激減。現在は国内に約5千人の石工職人がいるが、裏方仕事でもあり一般には少々謎に満ちた存在。「あなたはフリーメイソンfranc maçon? って聞かれるよ」と職人の一人は苦笑する。今や彼らの仕事は修復作業がメイン。そして古城に恵まれるロワールは、石工職人が活躍しやすい地域でもある。
さてひと口に「石」といっても、その種類は様々。今回の修復では、邸宅の往時の姿を再現するために数種の石が集められた。例えば、石灰質の土壌が産んだ白いチュフォー、水成岩である褐色のグリゾン、ポワトゥー・シャラント地方の明るい肌色のシルイなどなど。なかでもチュフォーは、ロワールを代表する石。シャンボール城やシュノンソー城のまばゆく優美な白は、この石のおかげだ。もちろんジャン=ルイさんが修復に携わったブリサック城も忘れてはならない。「美しさがよみがえって本当に誇らしかった。今も時おり立ち寄っては眺めているんです」(瑞)
ジャン=ルイさんらが働くAtelier Morinière :
14 rue Raphaël Lecuit 49320 Brissac-Quincé
www.atelier-moriniere.com
すでにこの城館の修復をはじめて3年が過ぎた。 フランスには約5千人の石工職人がいる。
多くの道具が 2千年前と変わらないとか。
いろんな石を使う。
フランスで最も背が高い ブリサック城。(c)J-S Evrard/Angers Loire Tourisme