毎年、科学関連機関の協力のもと全国一斉に行われる〈la Fête de la science〉。今年は10月8日~14日まで開催された。祭り的なくだけた雰囲気のなか、最先端の科学知識が大衆にわかりやすく伝授される好機会。期間中は、展示、講演会、映画上映、研究室訪問と企画が目白押しだ。化学式を思い出すだけでうなされる私が選んだのは、料理という身近なものを通し化学へアプローチできる学問〈分子ガストロノミー〉の講演会。ソルボンヌ大学内大広間で行われた。
〈分子ガストロノミー〉とは、料理を化学式で分析し解釈する学問だ。約20年前に化学者のエルヴェ・ティス氏が提唱し、現在は世界的に注目を浴びている。この学問の発端が面白い。「卵白は一方向から泡立てるとよく泡が立つ」、「インゲンはエビと一緒に煮ると緑が濃くなる」など、古くから伝わる料理の知恵を、ティス氏がひとつひとつ検証していったことから始まった。彼はこれらの料理の迷信が必ずしも正しくないということが証明できれば、凝り固まったレシピの常識から料理を解放できると考えた。同時に、分子の正確な働きを知ることで、調理時間や手間の短縮につながり、健康によくない食材を取り除くこともできる。
講演会では、ティス氏の指導のもと女子高生らが前に出て、分子ガストロノミーの知識を使った実験が行われた。例えば一般には、卵黄に含まれるレシチンの乳化作用のおかげでマヨネーズができるとされている。だが研究によると、実は卵白だけからでも乳濁液が得られるから、マヨネーズ作りが可能なのだという。卵黄が必要なければ、匂いも味もない卵白マヨネーズを土台に、後から自由な創作マヨネーズが作りやすい。実験で女子高生らは、泡立てた卵白マヨネーズに野菜から抽出した色素を加え、色鮮やかなグリーンのマヨネーズ作りに挑戦していた。
またガストロノミーの良き理解者である3つ星シェフのピエール・ガニェール氏も多忙のなか講演会に出席し、「料理はテクニックではない。偉大なコミュニケーションの道具」と語り、ガストロノミーという「化学」は、人と人とをつなげるために実践されるべき学問であることを強調した。
血の通った美味しい学問に、化学アレルギーの私もすっかり魅了されてしまった。(瑞)