南北の対立で混迷を続けるベルギー。

 ベルギーは、言語的にはフラマン語(60%)、フランス語(39%)、ドイツ語(1%)の三つの共同体、地理的には首都ブリュッセル、北部フランドル、南部ワロンの三つの地域圏からなっている。6月10日の総選挙で保守野党キリスト教民主フランドル党CD&Vが、フェルホフスタット首相のフラマン系自由民主党VLDを抑え、8年ぶりの政権交代と予想されたが、フラマン系政党とワロン系政党の対立で未だに連立内閣も成立せず混迷状態に。特に北部での民族主義独立派の台頭で分離論争が激化している。ベルギーは歴史的・文化的にもフランスと一番近く欧州連合の設立国であるだけに、同国の分裂化はEUの将来を左右しかねない時限爆弾のようだ。
 中世にブルゴーニュ公国領だったベルギーはハプスブルグ家支配下に入った後、スペイン領(1519-1717)となるが、オーストリアに占領され(1713-93)、フランス革命後はフランスに合併。1815年ウィーン議定書でオランダ連合王国に編入されたが、プロテスタントのオランダ人に敵対し1830年ベルギー独立革命が起こり、レオポルド1世が立憲君主となりベルギー王国誕生。第1次大戦でドイツ帝国に、第2次大戦でもナチス・ドイツに占領される。1962年に東西を横切る〈言語境界線〉が引かれ、両地域が公用語としてフラマン語かフランス語を選択(ブリュッセル地域は両言語併用)。1993年に初めて3地域圏と3言語共同体を憲法で認め、三つの共同体が各々の政府を持つ連邦制に移行した。
 こうした歴史的変動を繰り返しながら、工業の盛んなフランドル地域の失業率5%に対しワロン地域は11.8%と、フラマン系住民とワロン系住民の格差が深まる(前者は後者の社会保障なども多く負担させられているとみる)。 
 9月初旬の世論調査では、フラマン語系住民の43%は独立を望んでおり、フランス語系住民の88%は単一国家を希望する。が、首都周辺のフラマン地域では、両言語併用標識からフランス語が外されるという言語テリトリーの争いも顕著に。
 フラマン系政党は、司法や税制、社会保障、国籍・移民問題、経済政策などの行政権も共同体政府に移譲する実質的分離を要求。一方ワロン系政党は、ブリュッセル地域を、フラマン系自治体が占める南部まで拡張し、ワロン地域とつなげる構想で南北分離に備える構えだ。これこそフラマン系住民には戦争宣言にひとしい。地域別の政党のいがみあいに業を煮やしたアルベール2世は7月以来、選挙で勝利した4政党代表らに連立内閣構成の可能性を探らせているが、新連立内閣はいつ日の目を見るのだろうか。
 一方フラームス・ベラング党他、極右政党は、チェコとスロバキアの分離独立に倣ってベルギーの分離化路線を強めていきそうだ。(君)