Judith Sibony 新米ジャーナリスト、学生 左岸から右岸へ。

 サンジェルマン・デ・プレ出身の26歳。著名な心理学者を父に持ち、ボナパルト通りの一等地で生まれ育った。まるでエリック・ロメールの映画から抜け出したような、左岸訛りのインテリ層独特の話し方。そして優雅な身のこなし。ちょうど3カ月前、馴染んだ界隈をあとにした。「サンジェルマンに死ぬまで住み続けることはできたけど、このままじゃ駄目だと思ったの。外の世界を見なきゃって」
 彼女が選んだ、第二の我が家は10区のストラスブール・サン・ドニ街。南には歓楽街で有名なサン・ドニ通り、北には卸問屋、床屋、カツラ店が雑然とひしめき合い、トルコ、インド、パキスタンからの移民、アラブ人や黒人など、様々な人種が行き交い、ムンムンとした熱気に包まれている。シックなパリの代名詞、サンジェルマンとは、同じパリとは思えないほどのコントラスト。「この地区に溢れる、底なしのエネルギーに突き動かされて」この地へやってきた。ジュディットさんの暮らすフォブール・サン・ドニ通りは、野菜や果物の叩き売りの店や、ケバブのスタンドが密集し、「まるで市場のど真ん中に住んでいるような感覚。自らのルーツ、地中海のエスプリを感じるのよ」と目を輝かせる。そういえば、灰色にくすんだ19世紀の建物が並び、道端には昼間からたむろする男たち、店先から漂う焼肉や香辛料の香りが混沌となって生まれる独特の異国情緒が、地中海の村のそれにどことなく似ている。
 「恵まれた環境の中で育ったからって、たやすい将来が待っていると思われたくなくて、人一倍努力してきたわ」。文学の修士を取った後、中学教師の資格を取得。高等商業学校HECではマーケティングを学び、最近〈映画の中の情熱犯罪〉の博士論文に取りかかる傍ら、ジャーナリストとしても仕事を始めた。
 物心つくまで、世界のすべてが左岸だった。リュクサンブール公園は「自分の庭。室内履きのまま、何度も繰りだしたわ」。以前、両親の家からなるべく離れた(!?)、ボナパルト通りのはずれで一人暮らしをした経験はあるけど、長続きしなかった。今回の引越しでは、周囲を仰天させたという。
 取材にお邪魔した日は、引越し後、初めて両親を夕食に招く日と重なっていた。台所からは、グツグツと音をたてるココット鍋から、羊の煮込みの香ばしい匂いが漂ってくる。そんなジュディットさんの、第二のパリ生活は始まったばかりだ。(咲)


●Square de temple (3e)
「この辺りの一番の短所を挙げれば、緑のスペースが少ないこと」と嘆くジュディットさんが、唯一心和める場所。木々が生い茂る小さな公園には、池の周りに花々が咲き、中心の野外音楽堂では無邪気に遊ぶ子供たち、ベンチではくつろぐ人々の姿が見える。すぐ隣には、壮麗な外観を誇る3区の区役所や、パリで最古の歴史を持つ、アンファン・ルージュの屋根付き市場がある。
7h30-21h30(夏)/ 17h30(冬)、土日は9hから。

音楽の日、今年でもう二十五年。


1982年、当時のジャック・ラング文化相が創設した「音楽の日 Fete de la musique」も今年で25年目。だれでも路上や広場で音楽を演奏したり、歌ったりでき、すべての人が音楽を楽しめる日、という当初の意図通り、数あるfeteのなかでも一番国民に愛されているものの一つだろう。
 このフランスの発明はいまや世界中に広がり、約120カ国の何百という都市で〈音楽の日〉が行われているという。例年、なぜか天気があまりよくないのが玉にキズだが、今年も夏至に当たる6月21日、通りや広場、公園、カフェの前などで、プロ・アマにかかわらず演奏するグループを囲んで、リズムをとったり、歌ったり、踊ったりする人々の表情は底抜けに明るい。音楽は世界を明るくする!?(し)