クルド人難民は民族浄化の始まり?

 2月17日未明、カンボジア船籍の貨物船イースト・シー号が南仏のサン・ラファエル市の海岸に座礁した。その中に詰め込まれ、脱水状態になっていた908人(幼児約300人) のクルド人難民はいままでにない規模だけに、その対応はジョスパン政府の移民・亡命対応策の試金石になりそう。
 世論 (78%) や難民支援団体のクルド人難民受け入れへの強い支持に折れ、ジョスパン政府は彼らに自由通行証を与え、 8日間の亡命申請期間を許可した。が、2/3近くが申請手続きもせずに収容施設から “蒸発”。彼らは不法滞在者になるのを覚悟で、他の都市や、彼らの家族や知人が多くいるドイツ方面に向かい、国境で追い返される者も出ている。
 昨年6月18日にドーバー海峡を渡った中国人密入国者58人のトラック内窒息死事件(*462号: 00/7/15)の公判がロンドン(2/26)とロッテルダム(3/5)で開始されたが、これが経済移民のグローバリゼーションの一端だとすれば、今回の家族ぐるみのクルド人のイラク北部3村からの脱出は、99年コソヴォからのアルバニア人難民の流出にも匹敵し、その歴史的背景を無視することはできない。
 クルド人はトルコ、イラン、イラク、シリアと中東4カ国にまたがる高原地帯クルディスタン地方に約2500万人(欧州に100万人)が居住する。彼らは、イスラム教より古いヤジディ教Yazidi (善悪二元論的宗旨のゾロアスター教系)を信仰し、イラクのイスラム教正統派スンナ派からは異端とみなされている。
 クルド人の20%が居住するイラク北部、今回のクルド人難民の出身地方は油田地帯にあたり、サダム・フセイン大統領がアラブ化を強行し、クルド人への差別と抑圧を続けている地域だ。87年には化学兵器によるクルド人絶滅作戦で約18万人を虐殺、数村の90%を破壊し150万人の難民を強制退去させている。
 湾岸戦争停戦決議によりクルディスタン保護区域はイラク産原油収入の13%を徴収でき経済的にはやや安定しているものの、フセイン大統領のクルド人迫害がどういう形で再発するか分からない八方塞がりの被抑圧民族の運命を強いられている。
 一方、トルコ東部にはクルド人の約1500万人が居住。80年代のクルド労働者党PKKの武装闘争に対する掃討作戦でクルド人の住む多くの村が破壊され、約350万人の難民を出している。
 過酷な現実から逃れるためにクルド人たちは土地も家財もすべて処分し、密入国手引き人に一人あたり2000~4000ドルを払って祖国を脱出、トルコを縦断しイスケンデルン港で貨物船に詰め込まれ南仏沿岸へ。同貨物船をわざと座礁させたとしか考えられないイラク人船長とトルコ人乗組員6人は逃亡中。イラク、トルコ当局とも、900人からのクルド人の移動を目撃していないはずはないのである。
 コソヴォで繰り広げられたアルバニア系住民に対する民族浄化作戦は武力によるものだったが、EU諸国に押し寄せるクルド人ボートピープルの増加は、イラクでの静かな浄化作戦の現れといえまいか。(君)

中東4カ国に居住するクルド人

2500万人 総人口
1500万人 トルコ
500万人 イラク
400万人 イラン
100万人 シリア
+100万人 欧州諸国


 

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