1968年の5月革命当時、ミレールさんは19歳だったが、すでに左翼活動家として頭角を現していた。その秋にパリ高等師範学校哲学科に入学したものの、毛沢東主義に従って70年からは2年間農業に従事。その後バルト、フーコーに師事し、ラカンの理論に心酔して精神分析の道を選ぶ。現在は自宅で精神分析療法にたずさわりながらパリ第8大学で教鞭をとる。 ミレールさんは、マスコミの売れっ子という顔も持つ。1988年、「リベラシオン」紙で記事を書くようになり、その鮮やかな切り口と煽動的な口調が注目され、その後はラジオ・テレビに引っ張りだこ。最近は、ローラン・ルキエが司会する”On a tout essayé” (France 2) などの常連で、PACSに反対した保守議員や右翼ジャーナリストに向かって顔を真っ赤にして怒りを爆発させる。そんな彼に、当たり障りのないテレビのトークショーにうんざりしていた聴視者は大拍手。とはいえ「契約なしでギャラをもらっているだけだから、好きなときにやめることができる」とあくまでも自由第一。(真) |
“Je n’ai pas de contrats, |