悪食に揺らぐヨーロッパ

「狂牛病」* 騒動の行方

「メイド・イン・フランス=シャロレー産」と表示された牛肉を慎重に選んで、消費者が肉屋の前に列を作る。肉屋はどこも消費者の信用を回復しようと必死で、「フランス産牛肉」なら大丈夫、といわんばかりに、商品に札をつけ、売り子はその安全性を吹聴していたのだ。どこの原産地か分からない肉を売っている店は敬遠された。これが、1996年3月、「狂牛病」が人間にも伝染することがわかってから、フランス社会はおろか、ヨーロッパを集団パニックに陥らせた「狂牛病」騒動始まりの光景である。なにしろ、ことの顛末は、牧場でゆったり草を食んで育った牛の肉を食べていたと思ったら、その牛は、実は動物の死骸、しかも病気の羊の死骸を含めた骨肉粉飼料で肥えさせられていたのだ。
パニックの第二波が押し寄せたのは、昨年夏から秋にかけてだ。「狂牛病」が血液からも感染する可能性があること、英国では82人の犠牲者が出て、その上、同国の信頼度の高い科学誌「ネイチャー」が今後の被害者は6万~13万6千人に及ぶことを示唆したことなどが拍車をかけて、前代未聞のパニックを来した。いくつかの自治体の学校給食での牛肉禁止、骨肉粉飼料製造の6カ月間の暫定禁止処置などが出、11月にはパニックが深刻な影を落とした。肉好きのフランス人の半数近くが食べなくなり、売り上げが40%急落という事態に発展した。*スポンジ状脳障害」(狂牛病)が最初に確認されたのは、1986年11月、英国の動物園に飼われていたアフリカ南部産有蹄牛科の、一頭のアンテロープ (ニアラ)である。94年3月31日123,904頭の感染が確認された。それはイギリスの牛の30%にあたる。

狂牛病のルーツ
狂牛病が発見されるはるか昔から、奇妙な病気が羊にはあった。「ふるえ病」*という。脳に支障をきたし、ついには死亡するというもので、18世紀から知られていた。しかし、羊類と牛類間で病気が伝染することは考えられなかったため、両者の間の相関関係はほとんど問題にされなかった。
1986年11月、英国の獣医たちは衛生当局に、未知の病気にかかった牛がいることを告げた。狂牛病の最初のケースである。狂牛病は脳みそがスポンジ状になって最後は死に至るという奇怪な病気である。普段はおとなしい牛が、この病気にかかると、触ったり、つついたりするだけで異常な反応をすることから、「狂った牛」といわれた。症状は羊の「ふるえ病」とほとんど同じである。この病原は、バクテリアでもウイルスでもなく、遺伝子DNAを持たない病原蛋白質「プリオン」(proteinaceous infectious particle のアナグラムによる)であることが、カリフォルニア大学スタンリー・プルジナー博士によって仮説された。普通の蛋白質 (PrP) が、病原蛋白質(Pr-Psc)に変質するのではないかと考えられており、その臨床的な裏付けが急がれている。87年末、様々な実験の結果、狂牛病は食物を通じて伝染する可能性が示唆された。他方、クロイツフェルト=ヤコブ病 **という類似症状で死に至る病気が1920年代から人間にも発生していた。狂牛病との類似性は指摘されたものの、その因果関係はすぐには証明されなかった。
1996年3月、英国厚生大臣はクロイツフェルト=ヤコブ病患者の10人が死亡したことを報告した。この患者たちの死因は、後日99年12月21日、プリオンの発見者プルジナー博士によって、狂牛のプリオンであることが医学的に証明されることになる。
一週間後、ヨーロッパ連合は、英国産牛肉に対する輸出禁止措置をとった。当時のフランス農業相P・ヴァッセール氏は、自分がフランス産牛肉を食べるところをマスコミに見せ、自ら体を張って自国の牛肉の安全性を宣伝し、牛肉市場が落ち込むのを必死になって防がなければならなかった。*1732年以来ヨーロッパでみられる羊の奇病スクレイピー。19世紀にはオーストラリアでも蔓延し、現在では五大陸で見られる。90年、イギリスの疫病調査によると、羊の30%近くが感染しているという。

**1920年にクロイツフェルト博士によって症例が初めて確認され、翌年ヤコブ博士によって4症例が確認されたため、この病気は「クロイツフェルト=ヤコブ病」と命名された。現在、百万人に1~0.5人/年の確率で罹患する可能性が指摘されている。フランスの権威、ドミニック・ドルモン博士によると、今までアルツハイマーと呼ばれてきて増加の傾向にある病気のいくつかは、実は狂牛病の異種であることが分かるようになった。

骨肉粉飼料
工業先進諸国は20世紀後半から、安価に生産を拡大するため、死んだ家畜の死骸と肉から骨肉粉飼料*を作り、牛、豚など家畜の飼養に使用してきた。とくに英国では、サッチャー政権のもと、70年前半のオイル・ショックによって生じた経済不況を克服するため、とりわけ、81年から骨肉粉飼料の生産を拡大し、経費削減を図るため飼料の高温殺菌を止め、低温で処理する方法に切り替えた。この骨肉粉飼料の中に、当然「ふるえ病」で死んだ羊の死骸も含まれていた。そして、この低温殺菌法ではプリオンが殺菌されないことが後で分かった。これはまさに汚染血液事件を彷彿とさせる。
英国では18万頭が病気になり、88年に牛の飼育業者に骨肉粉飼料の使用を禁止したが、飼料の製造と販売そのものを禁止したわけではなかった。英国製飼料は、とりわけスイス、フランスなどヨーロッパ諸国に輸出されたために、ヨーロッパ全域でパニックが起こる原因となった。飼料は養魚場の鮭にも与えられ、プリオンが養殖魚からも見つかっている。その後、フランスは、英国からの牛肉・骨肉粉飼料の輸入を89年に禁止し、ヨーロッパ連合も94年以降同じ処置をとった。「狂牛病」にかかった牛の肉はどのような部分でも食用が禁止された。ちなみにフランスで、狂牛病にかかった牛が最初に見つかったのは、91年3月である。
しかも、フランスにおいては、騒動は収束するどころか、むしろ拡大しつつある。発病した牛は、98年 18頭、99年30頭、2000年は11月時点で64頭と、倍増の傾向を示す。政府当局や専門家はこの状況への不安感を隠せない。様々な予防措置にもかかわらず狂牛が増加している原因は何か。昨年2月の報告書によると、88年から95年の間に、フランスはほぼ倍の量の牛肉を輸入している。5月には、欧州議会が、牛の脳みそ、脊髄、眼球、リンパ節などを市場から排除する決議をし、仏食品衛生局 (AFSSA)**は、狂牛病の人間への感染を防止するため、プリオンが一番蓄積しているとみられる牛の腸部の食用禁止処置を提案した。しかし、この時点では仏農業省は、販売量を制限しただけで、結局禁止処置はとらなかった。
骨肉粉飼料の使用を91年以降、完全に禁止しても、その後、普通の飼料だけで飼育された子牛からも病気が発生しており、この事例をとると、今まで考えられてきた食料と母体から胎児への伝染だけでは説明がつかない。専門家は第三の伝染形態を仮定し始めている。それは、牛の糞を通じて、牧場の土壌そのものが汚染されてしまっているのではないかというものだ。
人間によって引き起こされ、人間を救うために人間が動物の虐殺をおこなっている。それは明らかに、生産拡大の思想が引き起こした虐殺である。それは言い換えれば、動物が半世紀近くも、生き物としてではなくモノ扱いされてきた結果、生じた惨事なのである。*骨肉粉飼料は、精肉のための家畜屠殺場で残った足部分、頭、内蔵、骨、病気で屠殺された家畜、また路上で見つかる野生動物・鳥の死骸などを集めて粉砕し製造された飼料のこと。最近は獣医院で死んだ動物の死骸は使われなくなった。100~120度で熱すると大半のウイルスやバクテリアは死ぬ。しかし、プリオンは最低133度、3気圧で20分殺菌しないと壊滅しない。

** Agence française de sécurité sanitaire des aliments
http://www.afssa.fr/

「何を食べよう?」
この問いは、人類史の始まりから、一日に数度は繰り返されてきた問いだろう。過去においては、いかに飢餓を克服するか、という問いであったかもしれない。飽食の現代では、むしろ過食をどのようにセーブするかのほうが問題というべきだろう。だからといって、この問いが、生存と切り離された問いになったわけでは決してない。今日の同じ問いは、「私たちが食べているものは、私たちが食べていると思っているものと本当に同じものなのだろうか」という不安なのだ。

リステリオーズ

ヨーロッパでは、「狂牛病」以外に、60年代前半から散発的に発生した家畜に寄生するリステリア菌というバクテリアが、ここ15年ほどの間に今まで考えられなかった大病の原因となり、猛威を振るうようになった。妊婦には流産の恐れが生じ、抵抗力の弱い乳児や高齢者は髄膜炎になって、死に至る危険性がある。
抗生物質がまるで効かないのだ。リステリア菌は、特に牛、馬、羊に被害を与えるが、人間にも伝染するようになった。68年と86年にフランスとスイスで発生し、ドイツでも60年、66年に大きな被害を出した。フランスでは90年代になって多発し始め、93年に60名の死者と流産22件を出した。このバクテリアはチーズや他の乳製品、ペースト、サラミ類に寄生し、食品の摂取によって伝染するので、この細菌が発見されると、発見された製品のみならず、ロットごと大量処分される。

農薬汚染から遺伝子組み換え食品まで
フランスも、70年代から80年代の生産拡大政策にともなって、農業省からも奨励され、耕地の大々的整備による囲い地や小森の伐採や破壊が進み、集中畜産場の建設が積極的に推進された。また大量の農薬、化学肥料、人工飼料の使用によって、土壌汚染、水質汚染を招くことになった。実際、いくつかの地方では、豚、七面鳥、鶏、鶏卵の畜産が盛んで、全国の生産高の半分近くを占めているが、現在ではほとんど過剰生産になっており、ベルギーやフランス北部で、鶏肉、鶏卵のダイオキシン汚染問題が発覚するや、鶏卵などは、1キロ10サンチーム(約1.6円)まで売値が落ち込んだ。80年代に、農業政策に沿って、養鶏場を拡大し、一万羽以上の養鶏をしている農家がいくつもあり、中近東に輸出していたが、汚染問題の後、輸出も停滞している。消費者団体や環境保護団体は、これらの集中畜産業の過剰生産方法が様々な汚染を生んでいること、鶏肉に汚染が見つかっていて、食品として危険であることを訴えている。
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