活躍の舞台は宇宙です。

 人工衛星をロケットで打ち上げるヨーロッパの会社、アリアンスペース東京事務所に勤務している高松さんは、会議などで年3、4回は日仏間を行き来している。
 幼いころ飛行機好きだった彼は、いつも飛行機に乗りたいと念じていたそうだ。
夢がかなったのは松山にいた小学校3年生の時。東亜航空(現日本エアシステム)で松山−広島間を飛び、その飛行状況を書きとめた。以来、飛行機に乗るたびに “Livre de bord” のタイトルで製本された飛行記録に、飛行機の型式、便名、飛行データや、飛行時間を克明に書きとめ、その上乗務員全員のサインをもらう。機内で観た映画のタイトルまでメモしたりして、これが、2000年を迎え、飛行回数も300回をマークしてしまった。
 「飛行機好きはロケットも好きなんです」と語る彼は、修士課程を東京大学宇宙航空研究所(現宇宙科学研究所)へ進んだ。1970年2月11日 (2月11日は偶然にも彼の誕生日) に日本で初めて人工衛星を飛ばしたこの研究所でロケットの研究に2年費やした後、ビジネスジェットの設計を夢見て富士重工へ就職。成層圏内へ帰還、と思いきや、社内に発足した宇宙技術室のまとめ役になる。やがて現アリアンスペース東京事務所代表クロードン氏の誘いでアリアンスペースへ転職、活躍の舞台は再び宇宙となった。
 アリアンスペースはヨーロッパで唯一、商業ベースで衛星を打ち上げる会社だ。アメリカにも同種の会社があるが、歴史的に軍事衛星の打上げを基盤としている。それに対し、アリアンスペースは当初から商業打上げを目指し、顧客が政府機関であっても商業打上げ契約を結び、民間企業と同様に扱うところが大きな特徴となっている。顧客の要望に合わせ、南米仏領ギアナの宇宙センターから最適な軌道へ向けて打ち上げられる。
 最近は同様のサービスが日本でも始まり、競争は激化している。ライバル現る!の心配をよそに、高松さんは「衛星通信事業の発展やロケットの健全な維持のためには競争だけでなく、相互協力が必要」だという。宇宙に広がる日仏関係への、彼の展望は?「世界の将来のためには社会や産業において類似点の多い日仏 (欧)の協力がますます必要となるはずです。方向性を見極め、長期的なビジョンを策定する能力に長けたフランス人と、緻密で着実な実行能力を持つ日本人が協力すれば、シナジー効果を発揮して1プラス1が3にもなるのでは」(仙)