パリではよく学び、よく遊んだ。

オルセー美術館の職員による年に一度のパーティー。この年のテーマは民族衣装。
オルセー美術館の職員による年に一度のパーティー。この年のテーマは民族衣装。

◎中津海裕子(アンジェ+パリ:5年)

 大学院で北欧の美術史を研究していた裕子さんは、パリ第4大学の先生のもとでマスターの論文を書こうと留学を計画した。2007年、まずは第2外国語で学んでいたフランス語の力を高めようと、評判も良く、商業フランス語も学べるアンジェの語学学校に登録した。当初は、1年間の語学学校と2年間のマスターコースを終え、日本に戻ったら、研究職に就くか、美術館・博物館で働こうと思っていた。ところが、2008年秋、パリ第4大学に登録しようとしたとき、フランスらしい理由で予定がずれ始めた。
 当時は教育省に対する教職員の大規模なストライキの影響で、大学は警備隊に囲まれ、中に入れない状態だった。すでに登録済みであれば対処することもできたが、初めての登録だった裕子さんは、どうすることもできず、とりあえず語学学校に登録した。2年目のフランス語学習は予定になかったが、結果的に2年間充分に準備できたため、その後の授業で困ることはなかった。
 翌年度になると、教育省ではなく文科省管轄のエコール・デュ・ルーヴルのM1に登録した。M1は共通科目が多く、美術史の授業の他、民族学や考古学、博物館運営論、素材による保存科学、展示論など、実際に現場で働く人から教わる様々な科目が面白かった。2年目は専門授業の他、修士論文の執筆、そしてオルセー美術館での数ヵ月の研修があり、かなり密なスケジュールだった。
 パリでは、研究の資料が豊富にあり、原本も見ることができた。格安航空券で作家の出身地にもすぐに行けたり、エコール・デュ・ルーヴルの学生証で国立の博物館・美術館はすべてフリーパスと、研究には抜群の環境だった。そして音楽好きの裕子さんにとって、オペラやコンサートに、気軽に行ける環境もよかった。「勉強も相当しましたが、遊びも相当なものでした」という裕子さん、短期間だが充実した時間を過ごした。日本にいるときには知り合うことのなかった音楽関係の友達も多くできた。
 「こだわりが多すぎると、パリという街は落胆しますね。ゼロでも流されすぎますが。逆にいうと、どこでも住めるという神経の太い人には楽しい街だと思います」
 裕子さんはもちろん後者の一人だったが、日本に戻ることは「感覚的な問題」だったという。「私はこれ以上ここにいてもこれ以上展開しない」、「そろそろ仕事をしたい」と感じ、マスターの口頭試問を終え、2012年末、日本に戻った。
 エコール・デュ・ルーヴルでまざまざと現場を見ることができ、自分はこの業界では働きにくいかなと思ったが、パリというコスモポリタンな街で、いろいろな業種、違う国の人たちと話すうちに「細かい差異にこだわらなくなって、視野が広がりました」という裕子さん。現在はダンスや音楽関係専門の留学斡旋会社で働きながら、フランスで知り合うことができた他の業種の友人たちと業種横断型のプロジェクトを実現したいと模索中だ。(樫)

Autant d’études que de sorties à Paris   NAKATSUMI Yûko (5 ans à Angers et à Paris)
Etudiante doctorante en histoire d’art scandinave, Yûko arrive à Angers en 2007 pour améliorer son français, avant d’entrer en master à l’Université de Paris IV. Mais son projet se trouve remis en cause pour une raison très française : en 2008, les grèves du personnel de l’Education nationale l’empêchent de pénétrer dans l’enceinte de Paris-IV, cernée par les policiers. Yûko est obligée de s’inscrire de nouveau dans une école de langue ; ce qui, rétrospectivement, lui a permis d’affiner son français au point de ne pas avoir trop de difficultés lors de son inscription à l’Ecole du Louvre, sous la bonne garde du ministère de la Culture. 
Ces années parisiennes furent pour elle très enrichissantes : grâce non seulement à une grande variété de cours donnés par des enseignants de grande valeur, mais aussi à un accès gratuit aux musées nationaux, à des stages au musée d’Orsay et en dehors des études, à la possibilité d’assister à des concerts à des prix très raisonnables pour elle, grande amatrice de musique. « Enormément de travail dans mes études, mais autant de sorties musicales et bien d’autres ». Elle fait partie de celles qui ont pleinement profité de la capitale française. 
授業の一環でオルセー美術館で企画した展覧会のオープニング。

授業の一環でオルセー美術館で企画した展覧会のオープニング。


 

パスワードをお忘れの場合、OVNINAVI.COMに登録したE-mailアドレスにパスワードをお送りします。登録E-mailアドレスを入力してください。


戻る