ユゴーと出会って。

最初に読んだ『ああ無情』、学生時代に読み込んだ『レ・ミゼラブル」、初版の『Les Misérables』、どれも大切な宝物だ。
最初に読んだ『ああ無情』、学生時代に読み込んだ『レ・ミゼラブル」、初版の『Les Misérables』、どれも大切な宝物だ。

◎清水彩(アンジェ:1年)

 小さい頃から本が好きだった彩さん、9歳の時、祖父からプレゼントされたのが、子供向けの『ああ無情』だった。「その日から世界が変わりました」
 当時、子供向けの『ああ無情』は、いくつももあった。コゼットのシンデレラストーリーになっているものや、銀の燭台のシーンを道徳の教科書のようにクローズアップしているものなど。もっと物語を知りたいと、彩さんはいろいろなバージョンを読んだ。
 11歳の時、帝国劇場でミュージカルの日本初演を見た。ロビーには『Les Miséra-bles』の原書が展示されており、その挿絵や本の重厚さに衝撃を受け、いつかフランス語で読みたいと思った。その後もいろいろな『ああ無情』や『レ・ミゼラブル』を読み続けたが、それぞれ文体が違っていたり、物語の印象が異なっていることに驚き、将来は翻訳を仕事にしたいと思うようになった。
 大学はもちろんフランス文学科、そして『レ・ミゼラブル』の核にあるキリスト教ヒューマニズムに触れたいと、上智大学に入った。2年生の夏はパリでホームステイし、ヴォージュ広場のユゴー博物館に通った。そして4年生の時、アンジェに1年の留学をした。将来翻訳家になるためには、文学だけではなく、ビジネスのフランス語も学んだほうが良いと、商業フランス語も学び、文字通り、寝る間も惜しんで勉強した。
 日本に戻り、大学を卒業すると、フランス語教室のアシスタントをしながら翻訳の勉強を続けた。さまざまな分野のフランス語をカバーしたいと、毎朝NHKの衛星放送でFrance 2のニュースを聞いて日本語に訳す作業を自分に課したり、インターネットでフランスのラジオを聞いたり、日本の国内ニュースをフランス語で放送するNHKワールドを聴くことは今も続けている。日常生活でも常に翻訳の勉強にと、フランス語で考えるようにしている。
 2002年、フランス語の翻訳講座を受けていた出版社での出会いがきっかけで、ユゴーの生誕200年に合わせ、ユゴーの作品を翻訳をする機会に恵まれた。それはアンジェに留学していたときに、本屋の店先で見つけた本で、子ども向けにユゴーが晩年に書いた詩の数編がイラスト付きで出版されたものだった。ユゴーに「こんなに優しい作品があったとは知りませんでした」。当時、フランス語の勉強で疲れていた彩さんは、とても癒されたという。いつか、このユゴーの優しさを日本の人に届けたいと思っていた。
 現在は翻訳関係の仕事の他にも、フランス語圏に赴任する人のために、短期間でフランス語の基本を教える法人研修の講師もしている。翻訳の仕事は孤独な作業だが、様々な知識を得ることもでき、自分を高められる。講師の仕事では、自分が学んだことを他の人に還元できる喜びを感じている。これからも、このやりがいのある二本柱でバランス良くフランス語と関わっていきたいという。(樫)

A la rencontre de Victor Hugo   SHIMIZU Aya (1 an à Angers)
Lorsque son grand-père lui a offert pour ses 9 ans la version enfantine de  « Les Misérables», pour Aya « tout a changé du jour au lendemain » .
En multipliant la lecture des différentes versions pour les petits et pour les jeunes, et après avoir assisté à la première représentation au Japon de la musicale, la jeune fille rêve de devenir traductrice.
A l’université, elle étudie bien sûr la littérature française ; en deuxième année, elle passe l’été à Paris et fréquente assidûment la Maison d’Hugo,  place des Vosges. En quatrième année, elle part à Angers pour un an de séjour linguistique. Travailleuse, Aya continue à perfectionner son français, après son retour au Japon. Tout cela dans le but de devenir une bonne traductrice.
En 2002, année du bicentenaire d’Hugo, une rencontre lui a permis de traduire un recueil des poèmes de son écrivain adoré. C’était un livre qu’elle avait trouvé par hasard dans la devanture d’une librairie à Angers. Elle était alors très épuisée par ses études et ces poèmes lui avaient été d’un très grand réconfort.


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