●エディー・アレンさん
一番重い楽器を地下鉄通路に持ち込んでいるのはシカゴ生まれのエディーさん。彼は出かける前にはビタミンBを飲み、月桂樹の葉の香りをかぎ、まずは心を落ち着ける。長さ約2メートルのマリンバの鍵盤を折りたたみ、スーツケースに入れる。パイプ部分は黒い車輪のついた頑丈な箱に、そして脚は布の袋に。「ぼくにとって地下鉄は精神修行の場。身体の鍛練にもなる」
合計90キロもあるこの3つの荷物を地下鉄でどうやって運ぶのか想像がつかなかった。「エスカレーターのない階段では、若い男の人に声をかけて手伝ってもらう。しっかり手を握ってお礼を言うことを大切にしている。相手にも人助けをしたという満足感を味わってもらうために…」
この大荷物といっしょに電車に乗り込むと、乗客の疑心暗鬼の視線が彼に集中する。ネガティブな感情は演奏の妨げとなるので、無視するためにいつも本を持ち歩き、読むことに集中する。「ぼくにとって、地下鉄は精神修行の場。身体の鍛練にもなる。演奏して帰ってくると、苦難を乗り越えた後の爽快感が味わえる。今日もやり遂げた!っていう」
コンサートやレコーディングの仕事がない時に、モンパルナス駅の4番線への乗換え通路で夕方7時ごろから演奏を始める。「時間が遅くなればなるほど、人々はリラックスして音楽を聞いてくれる。演奏は自分の練習のため、行き交う人たちを意識していないけれど、そんな風に心を集中すればするほど、CDが売れたり、収入が増えるものだ」