1968

 催涙弾と投石の雨のなか、5月のパリは目覚め、そのうねりは、当然のごとく音楽業界にまで達した。まず、ギ・ベアールが歌った、社会変革を促す内容の 「LE GRAND CHAMBARDEMENT」 が口火を切った。労働組合内では自主管理を主張する連帯の歌が次々と誕生し、バリケードの中では、ドミニク・グランジェの5月革命を象徴するような歌「A BAS L’ETAT POLICIER」 などを含む45回転盤が、闘争資金カンパを目的に、活動家たちの間で 3フランで売られた。

 ソルボンヌ大学では、ギターを抱えた16才の長髪の学生ルノーも、ストの学生を前に アジっていたという。革命の煽りで足留めを食ったギリシャのグループ、アフロディテス・チャイルドが残したパリ録音の「雨と涙」が、この間ラジオから流れた唯一の新曲だが、この年ヒットした主な歌には、「パリ、5月」、「ハーレイ・ダヴィッドソン」ほか、モンタンが「自転車乗り」で久々のヒット。特に、デュトロンの「5時.…目覚めるパリ」が傑出した歌だった。

 「アナーキストたち」を歌ったレオ・フェレは、若者や労働者たちの間に漂う革命後の挫折、焦燥感を罵倒し蹴散らすような精力的な公演活動を開始する。当時の熱気を伝えるボビノ座のライブ盤「RECITAL 69」に、 「パリが甦る時」やロック音楽との接近で新たな変容を試む 「犬」や「ラ・ザ・ナナ」など、彼の怨念を収録した2枚続きの名アルバム「愛・アナーキー」を発表。後の「時の流れに」で彼は円熟期を迎える。 (南)