ワイン樽から少量のワインを抜いて試飲する光景。これは実際に体験しなくとも、フランス人の頭にすり込まれた原風景と言ってもいいかもしれない。ステンレスタンクが主流となった今でも、あるレベル以上のワイン(大体15〜20€以上)は木製の樽で発酵・醸成される。その樽造りを見るため、高級ブルゴーニュワイン産地にある樽メーカー、トネルリー(樽製造)・ルソーを訪ねた。
ディジョンの南、ジュヴレ・シャンベルタン駅から車で同社に向かうと、コート・ド・ニュイのブドウ畑がなだらかな丘陵地帯に細長く広がっていた。案内してくれたのは、2代目のジャン=マリ・ルソー社長。1954年に父親が創業した大樽(foudre)製造・修理の会社を継いで、85年に、より小さい樽(fût)造りを始めた人だ。
ワインの保存が陶器から木樽に切り替わり古代ローマ帝国で普及し始めたのは2〜3世紀頃。ワイン製造にはブドウが発酵して糖分がアルコールに変換される発酵過程(vinification)、熟成過程(élevage)がある。木樽はその両方にも熟成だけにも使われるが、木目から入る酸素による酸化作用が熟成を促し、木の風味が加わってワインに味の深みを与え、タンニンをまろやかにする働きをするのだそうだ。
工場に入ると、金槌でフープ(金属製の輪)を叩く音があちこちから聞こえる。トネルリー・ルソーは仏中央部、東部など国内産のオーク(ナラ)の樽板用の板を製材業者から仕入れる。オークの種類や品質によってワインの味が変わるので、どんな木を使うかは顧客の注文次第だ。戸外で2〜3年乾燥させた板を樽の湾曲に合わせて機械で削った後、片側だけをフープで止めた樽をオークの端材を燃やすコンロで30分ほど温めて少しずつ板を曲げ、もう片方の端を少しずつ締め上げて樽の形にする。次は、それを同じコンロでトーストする(焦がす)。その焦がし具合によって、オーク本来の味が強く引き出されたり、焦げの芳ばしい風味になったりする。底とふたになる鏡板は蒲の穂を板の間に挟み込んで釘で貼り合わせてから円形に切って樽の両端にはめ込む。最後に樽に湯を入れて水漏れを検査する。
基本的なブルゴーニュの樽は高さ87.5cm、最大幅73cm、両端直径59.5cmで228ℓだが、ボルドーの樽はそれよりやや細身。300~600ℓのものもある。もう一つの工場では高さ3.5m、直径2.4mもある大樽を造っていた。こちらを案内してくれたジャン=マリさんの次男ジャン=クリストフさんは祖父、父に次いで国家最優秀職人章(MOF)を取得。ルソーにはMOFが10人、現役では6人いる。
ルソーの年間生産数は約8500樽、地元ブルゴーニュはもとより、アメリカなど24ヵ国に65%輸出(日本にも年50〜60個)。樽は約5年使えるが、オークの風味をあまり付けないワインでは40〜50年使う場合もある。大樽は100年使うこともあり、樽板の内側を削ったり、壊れたところを修理したりして再利用できる。
樽板は樹齢150〜180年の木を伐採して使うので、森林資源の消費は気になるところ。ルソーは2012年から持続可能な森林管理を認定する「森林認証プログラムPEFC」を得た供給源からのみ仕入れている。肝心の木がなければ樽はできない。資源を有効利用して、末永く味わい深いワインを造り出してほしい。(し)