『Nocturnal Animals』
あの、トム・フォード?そう、あの、トム・フォード。ファッション業界に疎くとも、誰もがどこかで耳にしたことのある名前だろう。2009年に現役デザイナーながら監督業に乗り出し、『シングルマン』で高評価を得た。7年ぶりの新作『NocturnalAnimals』は、ヴェネチア映画祭で銀獅子賞を受賞。もう誰も彼の監督業を「セレブの余興」とは思わない。
スーザン(エイミー・アダムス)は、今をときめく現代アートのギャラリスト。小説家志望だった前夫のエドワード(ジェイク・ギレンホール)から突然草稿が送られてきた。スーザンは夜を徹してページを繰るが、ここからパラレルワールドが展開する。ひとつは現実のスーザンの世界、もうひとつはエドワードが構築した小説世界だが、内容は残酷だ。男が妻子とともに夜のハイウェイを移動中、3人組の男から暴行を受ける。ことの顛(てん)末は控えるが、この一連のシークエンスはリアルタイムと思われるほどに長く少々胃が痛くなる。気分の良いシーンではないが、無駄に挿入されている訳ではないので、観客はこの山を頑張って乗り越えてほしい。
スーザンが没頭する小説は単なる架空の物語ではない。随所でパラレルワールドが行き来可能であるような演出が施されているのだ。小説の主人公もエドワードと同じ俳優が演じるから、複雑な入れ子構造に目眩すら覚える。このふたつの世界をどう解釈すればよいのか。まず双方とも復讐あるいは悔恨についての物語だろう。またふたつのパートは別の角度からアメリカの病を描いているようにも見える。謎めいていて物憂げだが、スタイリッシュでラブストーリーの要素さえあるという意味では、物語は全く違うが『マルホランド・ドライブ』系の秀作と言えそう。またフォードはデザイナーで視覚の人だからヴィジュアル重視なのは当然だが、同時に文学的な香りが漂っているのも魅力。後から脚本もフォードが書いたと知り、「おいおいどこまで才能があれば気が済むんだよ、おまけにイケメンだし」と思った次第。凡人としてはせいぜい映画を楽しむのみである。(瑞)