「シェ・ミシェル」の復活にかける。
バルセロナから、またパリに戻って「Le Comptoir」で働いていた頃、自分の店をやりたいと思うようになる。自分の吸収してきたものを、自分のチームで、自分で材料を選んでやるのは、シェフにならないとできない。そんな時に、カンドボルドさんから「シェ・ミシェル」をティエリー・ブルトンが譲るからどうかと声をかけられた。
「古くからの顧客は、新しい人がこの店を買って今の店をぶち壊して、ただの店をやるのだけはイヤだと言っていた。こういう料理(ティエリー・ブルトンさんのような料理)ができる人、ということで、なぜかぼく。残していかないといけないものは、感覚的にわかっています。自分がやらなきゃいけない料理も。引き継ぐ上で、ブルトンさんとの話し合いはなかった。暗黙の了解で…。フランス人が『これは子供のときに食べた気がする』というような感覚を呼び起こすような料理をしたいです」。
「自分のことを、過去と未来をつなぐ〈カギ〉みたいに思っています。パリの料理は、どんどん逆方向へ行っているように思えるから、それをここで食い止めるために、誰かが〈カギ〉にならないと、と思う。2010年くらいから「シェ・ミシェル」がやっているような、手がこんだ家庭的料理の店の人気は落ち込んだと思います。9区、11区とかに、流行りのレストランがどんどんできて、ぼくの次世代の30代の若い人たちが、そっちに一気に流れて…。
まだ先輩シェフたちが厨房で家庭料理をやっていますけど、もう50代なので、料理をしなくなるのもじきなのです。彼らのもとで働くひとたちが後を継ぎますが、シェフが厨房を出たとたんに料理がブレはじめたりもする。そのときに、次世代にあたる40代のぼく、流行り料理と伝統料理の真ん中で、何かいまいちやりきれていない世代のぼくが「つなぐ」のが、自分に託されたものかな、なんて」。
先代のころと変わらない、ぎっしりと書かれた黒板のメニュー。「おそらく、これを60代の人が見たら、まだティエリーがやっている、と思うと思う。ぼくがやっているとは思わない。でも、そこがいいと思うんです。ティエリーがよく作っていたブルターニュの郷土料理コトリヤードとか、パリ・ブレストなどを受け継いでいるので、それを食べたいという人が来てくれます。さらに美味しく作り込みますけど」。ブルトンさん時代のお客さんからも「こういう感じ、いいじゃない」、と承認の言葉をもらっているそうだ。
10区。サン・ヴァンサン・ド・ポール教会の裏のベルザンス通りには「Chez Michel」、「La Pointe du Grouin」、「Chez Casimir」と、3軒の店が並ぶ。一時は、これらの店はすべて料理人ティエリー・ブルトンさんがオーナーだった。Chez Michelは、お隣La Pointe du Grouinの地下のパン工房で焼かれたパンを仕入れている。「うちのようなクラシックな料理、ソースたっぷりの料理には、このうまいパンがよく合うと思っています。先代のおいしいパンと、ぼくらのソースたっぷり料理が絶妙だな、と」前菜のアワビにつく肝のソースや、ポワローにからめられた骨髄のソース、これが滋味たっぷりのパンに合い、酒も、すすむ!
若い人たちに、もっと顔を上げてほしい。
厨房は3人。フランスで料理を学ぶために、日本からワーキング・ホリデーで来る若い人もいる。「厨房を日本にしたくはないので、日本人スタッフがいても、仕事は全部フランス語です。フランスにいるんだからフランス語」。
「ワーキングホリデーで来る若い人たちに言いたいことは、1年しかないのだから、いつも日本人の友達と一緒にいて、インターネットで日本のことを見ているのではなくて、同じ時間をパン屋に行って、おいしいパンはどれかを聞くとか、八百屋で旬のものを聞くとか、サン・マルタン運河で横に座った人と喋る、とかの時間をもってほしい、ということ。もっと顔を上げてほしい。日本が世界一じゃないってことに気づいてほしいです。ワーホリが終わったときに、やっぱフランスいいね、って言えるような時間を持ってほしい」。
料理は「自分がもっている、人を幸せにできる唯一の方法」というMasaさん。店で食事をしていると、若いサービスのスタッフたちが、自然な笑顔で、なんだか楽しそうにサービスをしていて、こちらも居心地がいい。あと、最近は外食してもお腹がいっぱいにならない店もあるが、ここはもちろんそんな心配はない。しっかり手の込んだ、家庭的な料理の復権、大賛成。(六)
昼のコース 29€ 前菜+主菜 または 主菜+デザート
夜のコース 35€ 前菜+主菜+デザート
Chez Michel
Adresse : 10 rue de Belzunce, 75010 ParisTEL : 01.4453.0620
URL : www.restaurantchezmichel.fr/
土日休