フランス人の生活に溶け込んでいるクラシック音楽だが、プレイエルは特注ピアノしか造ってないし、「メイド・イン・フランスの楽器とは?」と思っていたところに、パリ郊外で世界のプロ用クラリネットの85%を製造する会社のことを雑誌で読んだ。パリ郊外マント・ラ・ヴィルにあるビュフェ・クランポン社はクラシックからジャズまで、幅広いジャンルの奏者が愛用する世界のトップブランドだ。
1825年に弦楽器職人ドニ・ビュフェ=オジェがパリ2区にクラリネットを作るアトリエを構えたのが始まり。クラリネットは17世紀末にドイツの J.Cデンナーによって発明されたというのが定説だが、その前身は仏中世の楽器 「シャリュモー」。ビュフェ氏は1836年に妻ゾエ・クランポンと 「ビュフェ・クランポン」 商標を立ち上げた。1850年にはセーヌ川の水運と木材 (当時はツゲやカエデ製もあった)に恵まれたマント・ラ・ヴィルに引っ越し、サクソフォンやオーボエ、バスーンも製造。20世紀初めにはクラリネットで世界的評価を獲得し、定番として知られるR13ほか、より確かな音程とクリアな音のための改良を重ねて次々と新製品を生み出している。2006年にはトランペット、チューバなどの仏老舗企業を買収して金管楽器にも進出した総合管楽器メーカー。日米をはじめ輸出が95%だ。
マント・ラ・ヴィルの2つの工場でクラリネットの製造工程を見せてもらった。クラリネットは吹口の側からバレル、上管、下管、ベルの4つの木管部分とキイ(18個前後)から成る。木管は角材から、キイは金属棒(銅に亜鉛とニッケルを加えた合金)から作るので、製造工程の始めは楽器のイメージからはかけ離れた工作機械の並ぶ町工場っぽい。木管の材料はモザンビーク産グラナディラ。コンピュータ制御された精密工作機械で外形の成形や溝付け、穴あけをする。だが、機械工程の間に研磨など人の手が入るのは、やはり繊細な楽器であるがゆえだ。100個近いキイ部品のほうも、切削加工機械で成形した後、手作業で溶接、研磨してからメッキする。キイ部品取り付けのためのネジをはめる作業や、キイのタンポン付けも手作業だ。最後の組み立てはガラス張りの静かな部屋で、職人一人一人が微妙な調整を繰り返しながら組み立てていく。一つ組み立てるのには約2時間かかる。
「木の選び方・使い方から削り方、音孔あけ、キイの置き方まですべてが大事なノウハウ。奏者のために高品質の楽器を提供するのが使命」と広報課のフィリップ・ルコントさんは言う。工場にはスタジがオ3つあり、世界中の演奏家が楽器を試しにやってきて(80年代にウディ・アレンも来た!)、研究開発にヒントを与えてくれる。同社は木管の成形や穴あけで出るグラナディラの廃材を粉末にして再利用した 「グリーンライン」を1994年に開発しており、音質もよく、“割れ”の危険性が少ないため、演奏家に高く評価されている。グラナディラは2017年からワシントン条約に掲載された保護種となっているので、こうした取り組みは先進的だ。同社はグラナディラ植林にモザンビークの団体とともに取り組んでいるほか、将来に備えて他木種の研究も行っている。(し)
*クラリネットと言えば、日本では『クラリネットをこわしちゃった』の歌がよく知られているが、この童謡の基はフランスの歌「J’ai perdu le do(de ma clarinette)クラリネットのドの音がでない」。さらにこの歌の原曲は「La chanson de l’oignon(玉葱の歌)」という名の19世紀初頭の軍隊行進曲で、日本の歌のリフレイン「オパキャマラド、パキャマラド、パオパオパ」は、その行進曲のリフレイン部分「Au pas camarades, au pas camarades, Au pas, au pas, au pas(戦友よ、並足で進もう)」に相当する。不思議なリフレインはフランス語だったのだ。
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