大きなお腹を抱え、土砂降りの中で立ち往生する若い娘(ずば抜けて素晴らしいエリザベット・ヴィタリ)を不憫に思い、男は娘を自宅まで連れ帰る。偶然にも二人はプエルトリコの出身ということで意気投合し、男は娘の身の上話を聞き始める。娘の話はなんだか変だ、時間のつじつまがあわない。娘は現在78歳のおばあちゃんで、子供は2年前から身ごもっているのだ、と言う。戦地に行くという弟が男に別れを告げにやってくる。弟が帰った後も娘の不思議な身の上話は続く。すると弟が戦地から戻ってくる。家の外では数年の月日が流れていたらしいのだが、男と娘にとってはすべてが一夜の出来事だった…。 マリオン・ビエリーが演出するジョゼ・リヴェラの戯曲では、ガルシア・マルケスが描く夢の世界のように、時が空間を自由自在に浮遊する。数十年経って、娘は男を訪れる。初老の男は、あの夜と少しも変わらない娘を見ても思い出すことができないが、娘は「あの夜が自分の人生で一番美しい時だった」と男に語る。 自分の人生を振り返る時、人は何を、誰を一番はじめに思うだろうか? 大切なあの時、あの人のことを人間は忘れることができるのだろうか? 忘れたくなくても忘れようとすることが人間にはあるかもしれない、忘れたといってもいつまでも覚えていることだってあるに違いない…そんな美しい思い出にこの作品は触れている。(海) |
*Theatre de Poche: |
● La priapee des ecrevisses 優雅なドレスを身にまとった老女が台所に立ち、「大統領夫人のザリガニ」という料理をつくり始める。ザリガニの赤、血のような赤がソースに必要なのだ、とつぶやきながらマルグリットという名の老女は、自分の過ぎ去った人生に想いをはせる。絞殺された夫、すぐ後に亡くなった母、彼女がでっちあげた数々の容疑者、そして愛人だったフェリックスとその死、スキャンダルの数々…。 フェリックスとは、愛人マルグリット・スタンネルとの密会中に突然死を遂げる第三共和政の大統領フェリックス・フォールを指す。スキャンダルから逃れるようにその後イギリスに亡命、裕福な貴族と再婚し、年老いたマルグリットが自己の生涯を振り返る、というクリスチャン・シメオンの独白劇を、ジャン=ミシェル・リブが演出。波乱万丈の人生を歩んだ老女の複雑な心境をマリル・マリニが時には妖艶に、時には幼女のように…と七変化しながら見事に演じる。 |
*Theatre Pepiniere Opera:01.4261.4416 |
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