18区のフィリップ・ド・ジラール通りにある、「ヒンドゥー・タミール協会」という看板を掲げた建物。ショーウィンドウ越しに数人の男が材木や造花を組み上げているのが見えた。いい歳をした大人が夏休みの自由工作に追われているのではあるまいが、あまりに楽しそうなのでドアを開けると、案の定、日本の小学生と同じ言葉が返ってきた。「8月30日までに仕上げなくちゃいけないんだ!」
彼らに夏の宿題を課しているのは、当然のことながら学校の先生ではない。男たちは作業の手を止めて、壁に掲げられた象の頭と4本の腕を持つ神さまの像を指した。ヒンドゥー教の神ガネーシュ(ガネーシャ)の祭りにそなえ、山車や花飾りを作っているのだった。
インド料理店などでよく目にするこの神さまは、ヒンドゥー三大神シヴァの息子だ。象の頭をしているのには、こんな悲しい話がある。—ある日のことガネーシュは、お母さんの女神パールヴァティから「入浴するから誰も入ってこないように見張っていなさい」と言いつけられる。しばらくして、見知らぬ男が入ってこようとした。ガネーシュは母の言いつけを守ってそれを阻んだ。怒った男はガネーシュの首を斬り飛ばしてしまう。男は彼の父親で破壊神のシヴァだった。首を斬ったのが実の息子だったと知ったシヴァは、飛んでいってしまった頭部を必死に探す。しかし見つけられぬまま、途上で出くわした象の頭を代わりにつけることになる。
こうした不条理な悲運を経験したからだろうか、ガネーシュはいかなる困難も克服してくれる商売繁盛の神としてヒンドゥー教徒から崇められている。また、聖仙ヴィアーサが口述する世界最長の叙事詩『マハーバーラタ』を自分の牙をペン代わりにして書き記したと言い伝えられているように、学問の神でもある。
「こうやって踊るんだ」といって、祭りの実行メンバーのランジャンさんが弓型の花飾りを肩に担いで見せてくれた。 「祭りを楽しむなら、8月17日からおいで」という。ガネーシュの祭りは、ヒンドゥーの暦で母神パールヴァティの月の第4日に始まる。今年は8月17日がその日に当たり、ロンドンから偉いお坊さんが来て、近くのパジョ通りの寺院で幕開けの儀式を行う。それから2週間、9月2日まで北駅界隈は荘厳な空気に包まれる。ハイライトは30日の山車の巡行だ。上半身裸の男たち、サリーをまとった女たちが山車を引いて練り歩く。パリのヒンドゥー・コミュニティでガネーシュの祭りが祝われるようになってから20年が経つ。
「日本人も大歓迎だからね」という実行メンバーたちの声に送られて外に出る。ふと振り返ると、彼らは工具を手に嬉々として作業台に戻っていた。祭りとはなぜこうも人を幸せにしてくれるのだろう。「オーム・スリ・ガナマタイェー・ナマハ!(ガネーシュへの祈りの言葉)」。(浩)
ガネーシュ祭りのサイト https://www.templeganesh.fr/