朝鮮、植民地の記憶。

©Choi Juhyun
in Manière de voir Le Monde diplomatique n°139 février-mars 2015

日本の帝国主義者たちは、朝鮮人に暴虐の限りを尽くした。

ナチス 「はて、奴らを最も効率よく排除する方法は?」
大日本帝国軍 「なんともったいない!有効利用する方法はいくらでもあるぞ!」

私たち日本人は、日本の植民地だった頃の朝鮮についてどれほどの知識を有しているだろうか?1910~45年の35年間、韓国と北朝鮮が一つだった頃、彼らがどのような生活を強いられ、どれだけの犠牲者を出したかに触れた教科書は少ない。歴史修正主義者が幅を利かせる中、あらゆる媒体、特にネット上で植民地支配を賛美する表現が後を絶たず史実を知る権利が侵されつつある。
今年の2月、ルモンド・ディプロマティークが発行する「manière de voir」という隔月刊誌を読んでいてあるページが目にとまった。セピア色を基調にした絵と文字が見開き2ページに詰まっている。題名は「Corée, souvenirs de colonisation朝鮮、植民地の記憶」。チェ・ジュユン(Choi Juhyun)という在仏韓国人作家が描(書)いたバンドデシネだ。彼女の祖父母は人生の半分を日本の統治下に生き、両親も戦時中、辛い幼少時代を過ごした。当然、チェ氏は家族の体験談を繰り返し聞きながら育った。幼い頃、彼女が泣き止まないでいると「“ジュンサ(※)”が迎えに来るわよ。」と祖母に“脅され”た(※植民地時代の日本の警官の呼称)。実際に“ジュンサ”を見たことがない彼女はそれを聞いても恐怖を感じなかったが、韓国の家庭ではこのようなやり取りが日常的に交わされるという。「朝鮮人は元来、消極的で怠け者だ」「朝鮮人は体罰を与えなければ理解しない」・・・そうやって日本人に蔑まれ続けた記憶が薄れることはなく、戦争を知らない世代に語り継がれる。日韓関係の緊張の代名詞となっている元慰安婦たちが残り少ない人生をかけて体験談を伝え歩くのも無理はない。彼女たちにとって慰安婦の記憶は史実であり、加害国が否定すればするほど無念が募り躍起になるのは当然のことだろう。先月、3年半ぶりに実現した日韓首脳会談でも慰安婦問題の「年内妥結」が約束されたものの、日本側は慰安婦像の撤去を妥結条件とした。元慰安婦たちは、開いた口が塞がらないに違いない。
チェ氏が渡仏したのは15年前。その直後からバンドデシネに魅せられ創作活動に専念してきた。これまでにフランス語で7冊を発表したが、そのほとんどは韓国での生活を綴ったもので政治的ではない。しかし、ルモンド・ディプロマティークがアジア問題を特集するにあたって、日本が認めようとしない韓国人の記憶を題材にしたバンドデシネの企画を彼女に持ちかけたのは自然な流れだった。フランスでは日本が加害国であるという事実は誰もが認める常識だからだ。戦後70年、日韓国交正常化から50年の今年、政府が過去の過ちを省みない今だからこそ、私たちひとりひとりが被害国の記憶に耳を傾けるべきなのではないだろうか。(り)
https://choijuhyun.wordpress.com/bandes-dessinees/monde-diplomatique-hors-serie/km_c284e-20150105170607/