エスペランティストは 平和主義者。

diaspora リセの数学教師、フランソワ・ロ・ジャコモさんは、14歳の時にエスペラントに興味を持ったが、どうやって学んだらいいかわからない。そこで叔母に 「クリスマスプレゼントに教本がほしい」と頼み、やっと16歳の時に入手した。そして1年後にはコンクールで優勝するまでに上達した。以来、毎年のように世界エスペラント協会の世界大会に参加し、エスペラント・アカデミーの会員として、精力的に活動している。
エスペラントが作られたのは、ポーランド人のルドヴィコ・ザメンホフ(1859-1917)が、故郷の町でポーランド語、ロシア語、ドイツ語、イディッシュ語を話す人たちが、お互いに理解し合わず、いがみ合って暮らしていたのを見て、異文化の相互理解と共存のために、中立的な世界共通言語を作ろうと思ったのがきっかけだ。文法に例外がないので、楽に習得できる。ヨーロッパの言語を基にしているので、それ以外の母国語の人に不利だという批判があるが、誰もが英語を避けて通れなくなった今日、その批判は当たらない。「エスペラントを学ぶと、ほかの言語も早く上達します」とロ・ジャコモさんは太鼓判を押す。ドイツの研究で、英語を3年間学んだグループと、1年エスペラントを学んだあとで2年英語を学んだグループを比べたら、後者の方が英語の成績が良かったという。
エスペラントを話す人を「エスペランティスト(エスペラント主義者)」と呼ぶことからわかるように、単に言葉を話すだけではなく、エスペラントの、異なる文化の人々との相互理解と平和的共存の精神を持つ人、という意味が込められている。国を変えて毎年開催される世界エスペラント協会の大会には1500人から2000人以上が集まり、芝居や音楽、ダンスなどを通して交流する。相互理解の活動は協会内にとどまらない。ロ・ジャコモさんは2015年チュニスで行われた「世界社会フォーラム」に、同じくエスペランティストの伴侶と出展した。9月にパリで開催された「アルテルナティーバ」にもエスペランティストたちがブースを出した。
フランスのエスペランティストたちは、数十年前から「エスペラントをバカロレア受験の言語に」と国に働きかけ、サルコジ大統領時代、2年間の署名運動で33万人分を集めたが、教育省から「エスペラントには文化がないから」と否定された。一方、ハンガリーでは受験が可能だ。ハンガリー、ポーランドなどの世界の10以上の大学にエスペラント科がある。ロ・ジャコモさんはエスペラントで言語学の博士論文を提出し、論文は日本語にも訳された。けれどもフランスの高等教育機関にエスペラント科はないので、大学でエスペラントを教えることはできない。エスペラントの専門家に職はないのだ。エスペラント協会で教えている人たちは皆ボランティアである。エスペラントは、エスペラント協会が主催する講座のほか、インターネットで無料で学ぶことができる。(羽)


 

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