1970年10月に初めてパリに来た。それから1カ月経った11月15日、酒屋の前に箱が積まれワイン瓶が並んだ。その上に、「Le Beaujolais nouveau est arrivé!」と書かれたボール紙がのっかり、たしか、5フラン前後と安ワイン並みの値段がうれしかった。飲み過ぎると、翌日、頭が痛くなるのが欠点だったが、すいすいと喉をすべっていった。
「秋の新酒の季節にはボージョレかモンバジャックの赤をひっかける」と開高健も愛飲。そして金のある日に小粋な料理店へ出かけ、きちんと熟成されたボージョレを飲み、「おなじボージョレはボージョレでも、まるでちがってしまう。これを飲むと、いつものあれは、お酢の一歩手前のしろものじゃないか」とびっくりしている。
ボージョレ・ヌーヴォーの解禁日は11月15日から11月の第3木曜になり、質がやや向上した分、値段も「新酒なのにこの値段!」と腹が立つほどに上がった。解禁日のお祭り気分は、フランスでは失われつつあるが、飲み助たちは「解禁日だから」を口実に、午前中から「ボージョー」などと少し軽蔑気味に注文し、鼻を真っ赤にしている。
1971年に、新人歌手セルジュ・プリセの「Tes lèvres ont le goût du beaujolais nouveau」がヒットした。「君の唇はボージョレ・ヌーヴォーの味がする。(…)ボージョレ・ヌーヴォーが君の肌の上を流れていく」。そうか、あのちょっと酸っぱくて、フルーティーな味は、秋に生まれたばかりの恋の味だったのか、となぜかくやしい思い…。(真)