「有朋自遠方来 不亦楽(朋有り遠方より来たる。亦た楽しからずや) 」。カルティエラタンの小路で漢字の本を山積みにしたショーウィンドーを背に初老の男性がタバコをくゆらせている。知的な雰囲気にふと論語の一節を思いうかべた。中国書をあつかう友豊書店の店主「キムさん」こと潘立輝さんだ。
キムさんはカンボジア生まれの華僑。1968年に渡仏し、76年からRue Monsieur le Princeに、そして12年前から13区のチャイナタウンにも店を構えている。
『孟子』、『紅楼夢』、『書法字典』。大きな筆がつるされた店内では漢字の嵐が渦巻いている。日本の学生街の書店に入ったような懐かしさにひたっていると、「ナチスの鉤(かぎ)十字みたいっていう人がいるんだよ」と自虐的に言いながら、キムさんが、赤に白く「f」の字をあしらったロゴの入った本を指さした。大きな書店の東洋文学や語学書のコーナーでよく目にするマーク。キムさんは書店主であるとともに、東洋文化の関連書をフランスで翻訳出版している友豊出版社の社長でもあるのだ。
古今の文学作品をはじめ、哲学や医学、文法書や辞書などこれまでに500本以上を紹介してきた。今でも年に80から100本刊行することもあるという。日本語の文法書や辞書に目をやると、「もちろん私は日本語が分からないから、大学の先生に執筆や監修をたのんでいるよ」と言う。「これなんかもすごいでしょう」と渡されたのは、与謝蕪村の仏訳句集。同社のカタログには、もうけよりも良質の東洋文化をフランスに紹介することに賭ける強い志がにじみ出ている。
客層はフランス人の学生や研究者が多い。開業40年、その間に同胞のコミュニティーはどう変わったか聞くと、「定住者はそうでもないが、中国人学生の数が爆発的に増えた」という答えが返ってきた。学生のほとんどは卒業後は祖国に帰ってしまうという。
「滞在許可の問題もあるけど、外国語がしゃべれるなら、今では中国のほうが給料がいいからね」。気になるのは売れ筋だが、キムさんによると自ら出版している仏語版の中国医学の書籍がよく売れるという。本格的な写真入りの分厚い漢方薬事典や古代の医学者の古典も翻訳出版しているので、おすすめだ。
最近の大きなイベントはボードレールの『悪の華』の中仏対訳の刊行。ガリマール社の広間を借りて催された出版記念レセプションには、ジスカール・デスタン元大統領や共産党のロベール・ユーなどが出席。華僑の広い人脈、したたかな行動力には脱帽だ。(康)
友豊書店Librairie You-Feng :
-45 rue Monsieur le Prince 6e 01.4325.8998
M°Odéon/RER Luxembourg 月〜土 9h30-19h。
-66 rue Baudricourt 13e 01.5382.1668
火〜土10h-18h30。中国書のほか、東洋文学の仏訳、筆やすずりなどの書道道具も手に入る。