パリのオランピア劇場で開催されたフランス映画の祭典・第49回セザール賞授賞式。今年はトマ・カイエの『Le Règne Animal』とジュスティーヌ・トリエの『落下の解剖学』が、それぞれ12と11部門でノミネート。この一騎打ちの結果は『落下の解剖学』に軍配が上がった。作品賞、監督賞、編集賞、主演女優賞、脚本賞、助演男優賞と主要部門を中心に6部門を制覇。特に監督賞は女性監督としては史上二人目で、トニー・マーシャルの『エステサロン/ヴィーナス・ビューティー』以来24年ぶりの受賞に。一方、技術的な賞は『Le Règne Animal』が受け皿に。撮影、音楽、視覚効果、音響、衣装の賞で受賞した。
#Me too 運動の流れを継ぐ俳優の告発劇で、セザール賞の前から仏映画界は落ち着かない様子。今回の注目はブノワ・ジャコとジャック・ドワイヨンによる性被害を告発していたジュディット・ゴドレーシュのスピーチだった。彼女は両監督に対し、未成年に対する児童強姦罪で告訴済み。スタンディングオベーションの聴衆に迎えられた彼女は、メガネをかけ、意を決した面持ちで語り始めた。
「もう30年間も沈黙が私の原動力。しかしながら、私たちは共に真実でできた素晴らしいメロディーを作ることができると想像します」「なぜ私たちがこんなにも愛していて、私たちを結びつけるこの芸術が、若い女性を違法に人身売買のための隠れ蓑として使われることを受け入れるのですか」などと訴えた。なお、セザール賞前日にはドワイヨン監督の弁護士が、ゴドレーシュに対して名誉毀損の告訴をする旨を発表しており、被疑者からの反撃も始まっている。
『Chien de la Casse のら犬』で新人男優賞を受賞したラファエル・クナールのスピーチも強い印象を放った。彼は『Yannick』でも主演男優賞にノミネート、さらに短編でも共同監督作品でノミネートされるなど、2023年は大活躍。壇上では 「もう止めましょう」を促す音楽が流れてきても構わず話し続け、笑いを誘いながらも重要なメッセージを発した。
「農民の孫として言いたいが、文化も他の全ても農家なくして何の役にも立たない。私たちの胃袋を良い果物や野菜、穀物で満たすために一生懸命に働いてくれる彼らに、感謝と無限の敬意を示したい」と語り、大きな拍手に包まれた。環境規制などに反旗を翻し、抗議デモに立ち上がる農民への力強いエールとなっただろう。
名誉賞はアニエス・ジャウイとクリストファー・ノーランが授与された。VIPゲストとして式に参加していたノーランだが、大ヒット作『オッペンハイマー』は外国映画賞にもノミネート。だがここで意外な番狂せも。蓋を開ければ本賞は、ベロッキオ、カウリスマキ、ヴェンダース、ノーランといった巨匠を差し置き、ケベックの女性監督モニア・ショクリの『Simple comme Sylvain』が受賞したからだ。これにはショクリ本人も動揺し、思わず「I’m so so sorry Mr. Nolan、私も本当に予想していなかったのです」と謝っていた。こんな番狂せも映画賞の楽しみの一つではあるだろう。(瑞)