今月、ブルターニュの港町コンカルノで、かつおぶしの生産が始まった。
「枕崎フランス鰹節」社の代表取締役社長、大石克彦氏がフランスに生産拠点を置くことを決めたのは3年前。「工場は、1年あればできるだろうと思っていましたが、計画に2年、建設に1年かかりました。いろいろと苦労しましたが、やっとここまでたどり着くことができました」と、同氏は工場の竣工祝賀会で、感涙に言葉を詰まらせた。
フランス支店長に抜擢されたのは、コンカルノの隣町、カンペール出身のグエネル・ペリランさん(43)。枕崎の本社と連絡をとりながら、フランス側でひとり工場立上げのために奔走する2年半だった。「かつおぶし300年来の製法をいかに工夫して、今日のEUの衛生・安全基準にかなう生産ユニットを作るのかが最大の難関でした」。
EU圏内で食品を加工する工場を作ったり、日本から加工品を輸入する場合は、漁船から製造工場、包装する場所まで全工程にHACCPという衛生管理システムを導入して認可を得ることが必要になる。日本でこのシステムを全過程に導入するのはコストがかさむのと、削ったカツオブシは、カサがあるため輸送代も高くなるから日本からの輸入はしていない。フランスでは、漁船から魚市すべての施設がEU基準にかなっているが、工場をその基準にあわせて認可を得ることや、かつおをいぶす際に付着するベンゾピレンの規定をクリアするなどハードルを乗り越えて、工場始動にこぎつけた。
ペリランさんは銀行勤めの父親が日本に赴任となり、14歳のとき東京に引越し、4年間暮らした。英国法弁護士として東京で8年間働いた経験もある。地元ブルターニュでかつおぶし会社設立の話を聞いたとき「全身全霊を注げられる仕事だと感じ」、社長と会った翌日には採用が決定、その週には会議に参加していた。
かつおぶしとの出会いは、東京での高校(Saint Mary’s高校)時代、友人と行った二子玉川駅前のお好み焼き屋さんだった。アツアツのお好み焼きの上で踊るかつおぶし。「驚きましたが…日本には、他にも驚かされることが山ほどあって、あまりビックリしなくなっていた」という。そのときは、甘辛いソースの味が勝って、かつおぶしの味は記憶に残らなかったが、新潟の大学で法律を学んでいた時に、かつおぶしと再会する。坐禅と読経の修行で禅寺に2週間篭(こも)ったとき、毎朝4時ころになると、ほのかに漂って食欲と目を醒ます、だしの香りだった。
「青い町」とも呼ばれるコンカルノの町は、海に突き出た城塞の小島やヨットハーバーが魅力の、こじんまりとした景勝地だが、漁港、造船所が隣接し、魚問屋、缶詰工場などが集まる商業拠点でもある。コンカルノの船舶会社は漁船を多く有し、漁場は大西洋やインド洋でも、熱帯マグロ類の水揚げ量は欧州一を誇る。人口2万人前後の枕崎と、ほぼ同じ規模であるだけではなく、漁を中心に社会や文化が形成されてきた点でも共通している。
「まずは、ヨーロッパの日本料理店や家庭など〈本物〉を必要とする人々に良質のかつおぶしを届けることが目標」とペリラン支店長。私たち一般消費者が食卓で味わえるのは、年末以降になりそうだ。(美)
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