「映画」という文化に携わる、陰の仕事。
大手シネコンが増えたり、古い映画のデジタル化が進むにつれ稀になってきたフィルム映画。その上映を裏で支えるのが、映写技師の仕事だ。
オリヴィエさんが働く映写室は、パリ第3大学の大学シネマテック内にある。このシネマテックは学生の鑑賞を目的に、1973年に設立された。上映室は100席弱。学生なら、年間あるいは週単位の会費を払えば回数の制限なく観ることができ、試写会、討論会などには無料でアクセスできる。映画芸術、映画の歴史、批評などを勉強をする学生にとっては、貴重な映画の数々を観ることができるうえに、映画関係者との交流の場にもなる。映画専攻でない学生にとっても、学びの場で映画に接することができる、いいシステムだ。
オリヴィエさんの仕事は映写以外に、プログラムの作成、フィルム、資料のアーカイブ、カタログの管理も行なう。
「私もかつてはこの大学の学生で、はじめは映画を観に来ていました。映画は大好きでしたが、映画を創る側にはあまり興味がありませんでした」。この大学シネマテックは、学生たちがボランティアで関わることによって成り立っている。オリヴィエさんも、学生時代、ここに通ううちに、映写技師と仲良くなり、次第に映写室で過ごす時間が増えていったという。
「色々なことをここ映写室で学びました。映画関係者が多く出入りしていましたよ」
当時の技師が定年を迎える頃には、技術的なノウハウはすでに身につけたという。その後、国家資格である映画映写技師資格を取得し、映写技師としてのキャリアをスタートした。
「1940年代までのフィルムは、ニトロセルロースという硝酸繊維素で作られた可燃性の高いものを使っていたため、取り扱いに特別な注意が必要とされていました。そういった背景ゆえに、この職業には国家資格が必要だったのでしょう。もちろん、そういうフィルムを今も保管していますが、現在は「安全フィルム」と呼ばれるポリエステル製のものに変わっています。また、映写技師というのは単にフィルムを回すだけでなく、電子光学、化学、物理学、消防法などに精通していなければなりません。こういった知識の上で、観客が安心して映画を観ることできるような環境をつくること。それがこの仕事です」
上映に至るまでの作業としては、まずフィルムの状態の確認がある。フィルムを専用の机の上に置き、照明を当てながら、一コマ一コマチェックする。
傷んでいる場合はその部分を補強。デジタルではないから、補強のために、フィルムを専用テープでつなげ(右頁参照)、また専用のスプレーできれいにする。
映像サイズを確認し、スクリーンを調整。フィルムのサイズに合ったリールにフィルムを巻く。その際、映画本編の前後に数秒の無像部分、あるいは上映予告などをつなぎ合わせることも映写技師の仕
事だ。
そして様々な機器の確認。なかでも映写機管理は最も重要だ。
電気ヒューズの取り替え、フィルムに光を当てる電球の管理。万が一上映中に電球が切れてしまったら大変だ。
「いったん上映が始まると、次に使うフィルムの準備をします。その間も、フィルムが正常に回っているか、リールの回る音を耳で確認しながら作業を進めます」
大学シネマテックには現在約8050作品のフィルムが収蔵されている。大学構内の至るところに保管室があるが、それでも収納しきれないのでトルビアックにあるパリ第1大学でも保管されている。
フィルム映画は、大学が購入することもあるが、そのほとんどは制作会社や、配給会社、あるいはコレクターからの寄贈。寄贈することによって、アーカイブとしてこのシネマテックで保管してもらえるからでもある。
このシネマテックは国際フィルム・アーカイブ連盟(FIAF)のメンバーであることから、映画の歴史資料的価値の維持を目的に、フィルム管理の一貫として補修もしている。
「大学シネマテックでは、同時に複数の上映をしません。しかし一般映画館では、一人の技師が一つの映写室で複数の映写に従事しなければなりません。仕事量もさることながら、上映のタイミングなど、気をつけることがたくさんあります」
映画は作品になるまでの企画、制作もさることながら、上映、保存までを通して多くの人々の力によって支えられる文化である。その中でも映写技師という仕事に誇りを持っている、とオリヴィエさんはいう。(麻)