テラスでグラスを傾けていた人。コンサートで飛び跳ねていた人。へミングウェイが「移動祝祭日」と表現したパリで、金曜の夜を楽しんでいただけの人々が犠牲になった。
11月13日、パリ北部の郊外サン・ドニにあるサッカースタジアムには、8万人が詰め掛けていた。キックオフから20分後の21時20分、爆発音が響いた。10分後、さらに大きな爆発音がスタジアムを揺さぶった。選手たちは一瞬動きを止めたが、試合は続いた。パリの東部サン・マルタン運河近くのカンボジア料理店と隣接するバーでは、21時25分、車で乗り付けた数人の男たちが、店に向かい銃を乱射。同様の攻撃が、15分ほどの間に近隣のレストランなど4カ所で起こった。同じ地区にあるコンサート・ホール「バタクラン」でも21時40分、数人の男が観客に発砲。一部は非常口などから脱出できたが、逃げ遅れた観客は人質となった。21時53分、スタジアム近くで3回目の爆発。約1時間後、観客は場外で3人が自爆したことを知る。0時20分、バタクランに警察が突入。犯人1人が射殺され、2人が自爆した。現時点で、バタクランで89人、レストランやバーで計39人、スタジアムでは自爆に巻き込まれた1人が犠牲となった。事件翌日の新聞各紙は「今回は戦争だ」(ル・パリジャン)などと衝撃を伝えた。15日は、黒い背景にバラの花の絵だけで見出しのない1面(リベラシオン)など、悲しみが表現された。
11月18日早朝、サン・ドニのアパートに警察が突入。9時間に及ぶ対峙の末、1人が自爆。翌日、テロの首謀者とみられるベルギー国籍の「イスラム国」メンバーが、この時死亡したことが判明した。
「イスラム国」が事件発生直後に犯行声明を発表したが、なぜこれらの場所が狙われたのかは判然としない。犯人の一人が指名手配されているが、実行犯や関与した人物が何人いたかも不明だ。 一方で、犯人の一部がシリア人の偽造パスポートを持って、ギリシャから難民として欧州入りしていたことが分かった。また、ベルギーで指名手配されていた首謀者が、シリアと欧州を往復していたことや、容疑者が犯行直後にベルギーに移動していた可能性があることが分かり、欧州連合の国境管理についての議論も再燃している。
1月のテロの衝撃が癒えないまま、フランスのテロとの闘いは新たな時代に入った。人種的、思想的理由もなく、人生を楽しんでいるだけで身に危険が及び、ヒューマニティそのものが標的になっている。事件後、エッフェル塔にはラテン語で「Fructuat nec mergitur」の文字が電光表示されている-パリは沈まない。(重)