裏声でも歌わぬ 『ラ・マルセイエーズ』

 5月10日、奴隷制度廃止を記念する一連の式典でクリスティアーヌ・トビラ法相が国歌の斉唱を拒んだことが大きな物議をかもしている。
 日本でも、橋下徹・現大阪市長が府知事時代に、職員に『君が代』の起立斉唱を義務づける全国初の条例を成立させて話題となったが、国歌にまつわるとなると、国を問わず激しい論争を巻き起こすようだ。とくに政権奪回を狙うUMPなど野党がこの行為を見逃すはずはなく、さらに、法相が自身のフェイスブックのページで、国歌斉唱を演壇に立つ政治家たちの〈カラオケ〉にたとえたことが火に油を注ぎ、大臣を辞任すべきだという声が高まった。
 彼女はなぜ国歌斉唱を拒否したのだろう。「音痴を恥じて歌えなかった」などと揶揄(やゆ)する声もあるが、大統領選に立候補するほどの彼女が人前で歌うことを物おじするわけはない。彼女自身の反論は「歴史を脅迫するのはやめなさい!」とえん曲的だが、実は『ラ・マルセイエーズ』の性質そのものに対する問題提起のようにも思える。
 一番のリフレインの「汚れた血 sang impur」という言葉が人種差別的という指摘は古くからなされてきた。だが、トビラ法相がもっとも嫌うフレーズは、フランス人にもあまり知られていない3番の「Quoi ! des cohortes étrangères/Feraient la loi dans nos foyers !」だろう。革命中に歌が作られた背景を考慮して「何! 外国の軍隊が我らの国を支配するだと!」と解釈されるのが通例だが、「cohortes」という言葉には「軍隊」だけでなく、「群れ」という広い意味もある。つまり「外国人が我が国に群れをなしてやってきて、法律を定めるなんてことがあってはならぬ!」とも解釈できるのだ。トビラ法相は元仏領の海外県ギアナ出身の黒人。フランスで奴隷制度が完全に廃止されたのは1848年のことだから、当時の認識に従えば、「外国から群れをなして来た汚れた血の奴隷が、フランスの法律をつかさどっている」ことにもとれ、この歌詞は現実と全く逆行する。そんな矛盾した歌をこともあろうに奴隷制度廃止を記念する式典で、一本やりに「国歌だから」、「しきたりだから」歌えと強いるのは、自分だけでなくフランスの国自体にとっても無神経だと彼女は言いたいのだろう。
 動画サイトで式典の映像を見ると、日本企業の忘年会で「オレらが一番!」という社歌を歌う凡庸な社長と、あきれて唇を固く結んでいる辣(らつ)腕の女性総務部長を見ているようだ。まったく、〈カラオケ〉とは言い得て妙だ。(康)

 

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