フランス仕込みの〈アーキテクト〉

2004年、パリの建築事務所の仲間たちと。
2004年、パリの建築事務所の仲間たちと。

◎菅原大輔(パリ3年半)

 大学院で建築の勉強をしていた菅原さんは、「自分の立ち位置を相対化し、発見するために」海外で働こうと考えた。若くて元気のある世界中の建築事務所に履歴書を送ったところ、面接をしようと返事をくれたのはパリの若手建築事務所Jakob+Macfarlaneだった。
 2004年にワーキングホリデービザを使って渡仏した。フランスで暮らし始め、フランス語でのコミュニケーションが取れるようになったころ、日本語と英語、日本の国内と外という二項対立から抜けだし、「世界がモザイク状に見えてきた」という。「大きすぎず、小さすぎず、最先端のものもあれば、下町感覚の親しみやすい人々もいる」パリという都市。「適当さを持ちつつも、生きることに前向きな人々」がいるフランスに居心地の良さを感じた。
 最初は1年の滞在のつもりだったが、「モザイク状の世界をもう少し体感し、自分の経験に染み込ませたい」と思い、転職などもしながら、パリに住み続けた。パリに住んでいると「規制を課していることで、ある質の街並みが形成されている都市的魅力」にとらわれた。個々の建築物が美しい日本と比べ、パリやその他のフランスの都市は街のカタチも素晴らしい。さらには、ツール・ド・フランスなどのイベントと連動させることで観光資源やメディア戦略として「街を使う」考え方も面白いと感じた。
 当時はちょうどVélib’や環状線のトラムウェイができてきた時期だった。伝統的なパリという都市で、そうした新しい試みが迅速に実行されるスピード感に衝撃を受けた。徒歩、自転車、バス、地下鉄、RERといった異なる移動手段、都市の中の速度が、グラデーション状につながり、組織化されて機能するパリの交通網の仕組みにも感心した。
 「〈建築家〉は、日本だと建物を作る人ですが、ヨーロッパでの〈アーキテクト〉の職能では、橋も架ければ、家具も作り、内装設計もする。都市や建築、インテリアから家具まで、すべてを境界なく扱い、場所を作るのだと感じました」
 次第に都市計画に対する理解が深まり、新しい都市計画の方法論を学ぶため、ロンドンにある大学院に行こうと決めた。しかし、入学も決まり、ロンドンにアパートも借り、パリに置いてきた荷物と共にロンドンに戻ろうとした時、英国大使館のビザの発給のミスで入国が認められず、3年半のパリ滞在を終えて、2008年日本に戻った。
 イギリスの大学院からは1年後にまた来るように提案されたが、日本で運良く仕事をもらい、自分の事務所を立ち上げた。
 フランス滞在では、フランスだけでなく日本の良さも再発見した。様々なカトラリーの機能を持った箸や、屋内外が混ざり合う縁側空間が象徴するような、一つのものが多様性をもつ効率性。エコに向かう世界の未来とも言える自然と共存する思考などの日本的なモノの可能性も見えてきた。
 〈アーキテクト〉としての考え方・方向性が固まったのは、フランスに行ったからだ。「多様な様相を表す場所、自然と共にある場所」の二つは、菅原さんにとって重要な思考になった。(樫)
http://sugawaradaisuke.com

Un architecte façonné en France    SUGAWARA Daisuke (3 ans et demi à Paris)
Après ses études d’architecture au Japon, Daisuke a ressenti le besoin d’aller travailler à l’étranger, «afin de relativiser». Après de nombreux C.V. envoyés dans le monde entier, une agence d’architecture parisienne lui a proposé un entretien qui s’est conclu par une embauche.
A vivre et travailler en France, maintes opportunités se sont présentées qui lui ont permis de découvrir «le monde en mosaïque». Son séjour à Paris l’a aidé à reconsidérer son intérêt pour l’urbanisme : non seulement la façon dont est bâtie une ville, mais aussi la manière dont on s’en sert sur le plan aussi bien touristique que médiatique. 
Ce fut l’occasion pour Daisuke de repenser le Japon dans son efficacité : à l’image d’une paire de baguettes qu’on utilise indifféremment pour couper, tenir, etc., ou bien de l’engawa de la maison japonaise, cette partie aussi bien extérieure qu’intérieure dont la spécificité est à la fois polyvalente et unique. Il a commencé à déceler, dans la culture japonaise, la possibilité d’un avenir-monde qui progresse vers une pensée écologique. C’est une fois de retour au Japon, en 2008, qu’il a pu ouvrir sa propre agence.

 

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