井上ひさしの代表作『吉里吉里人』は、東北の小さな寒村が日本から突如独立して、直接民主主義の新国家を打ち立てるドタバタ劇を描いたユートピア小説だ。先月末に行われた市町村議会選挙では、フランスからの独立を宣言した自治体はさすがになかったものの、インターネット新聞「Rue89」によると、中央集権型の地方行政や村長を頂点としたヒエラルキーに真っ向から反対し、自分たちの手で政治を行う道を切り開く快挙を成し遂げた自治体が出た。ドローム県にある人口1199人のサイヤンSaillans村だ。村民の連合体が直接民主制を実施すべく「Liste collégiale(参議制名簿)」という方法をとり、第1回投票で56.8%(15議席中12議席)を獲得し、圧勝した。言い方をかえれば、住民全員が村の代表に選出された形になる。
無論、当選した村議会議員から新しく村長が選ばれたが、村長ことヴァンサン・ベイヤールさん自身、「村長が何でも独断で決める時代は終わった」と公言している。彼らの目指す行政体制は、環境や青年育成などのテーマごとに村議会議員を二人一組で活動させ、重要な決定事項は住民全員の直接投票で承認する、議会に提出される議案も担当の村議員と住民参加の委員会によって作成される、といったもの。また、長老のような顧問機関もおかれる。つまり、他の市町村のように政治家の意向だけで決定されることはなくなるというわけだ。
この村の住人がこのような動きに出たのは、前村長の独断ぶりにみな腹を立てていたからだ。樹齢百年をこえる木々を勝手に伐採してしまったり、村の商店への影響や利便性なども考えずに、村外れに大手スーパーの誘致を進めてしまったりなどである。特にスーパー誘致の話が、村民たちを直接民主制へと駆り立て、団結した反対運動を行い、誘致計画を白紙に戻させている。
ある政治学者は、冷戦直後に21世紀の政治や社会構造は中世のそれに戻っていくだろうと言ったが、開票時に歓声を上げるサイヤン村の人々を見ていると、たしかに悪大名を駆逐した日本の一揆や、ヨーロッパの王族と対等にやりあったイタリアの都市国家などの活気を彷彿(ほうふつ)とさせるものがある。少なくとも「お上」に頼ってばかりいる卑屈さはみじんもない。住民の預かり知らぬところで赤字を抱え「破産宣告」をするような自治体がある今日、サイヤン村の行政形体がどのように発展していくのか、注目したい。(康)