—母国語で読むということ〈日本語編〉—
「灯台下暗し」とはよく言ったもの。様々な外人コミュニティーを取材していると、「では君たちは何をどのように読んでいるの?」という質問の返り討ちにあう。たしかに自分たちのことを棚に上げて他人さまのことばかり語るのもよくない。一念発起して日本人コミュニティーの活字文化の一翼をになう、オペラ界隈にある〈ジュンク堂〉に取材を申し込んだ。
お店の上の階にある事務所には、日本の取次ぎ会社から送られてきた段ボールが積み上げられ、その上にトトロの大きなぬいぐるみが鎮座していた。「かつては船便でしたが、2005年からすべて航空便で入荷するようになったのです」というのは、サミュエル・リシャルドさん。彼の日本語が完璧なのは、6歳から大学卒業まで日本で過ごしたから。大学院に進学するために帰仏した時にアルバイトとして店員になってから15年、今では14人のスタッフを率いる店長(gérant)だ。
ジュンク堂がパリに開店したのは1977年のこと。日本で本店が開店したのと同じ年だという。最初の店舗はサントノーレ通りにあり、1階が書店、2階が画廊になっていた。今ほど多くの日本人が在住しておらず、ネットで日本語にふれるなどということもできなかった当時、〈ジュンク堂〉は一種の知的なサロンの役割を果たしていた。「歌手の加藤登紀子さんなんかも見えられたそうです」と、リシャルドさん。
だが、いつの時代も客層は日本人だけとは限らない。和書に限らず日本関連のフランス書籍も豊富だから、日本に興味を持ったフランス人も足を運ぶ。マンガはもちろん、語学教材、手芸書などが売れ筋だという。「お客さんの割合は、書籍を扱う1階が日仏半々。マンガや文具売場の地下はフランス人の客の方が多い」。まだ日本のマンガの仏訳が数少なかった80〜90年代は、セリフがわからなくても絵を楽しむために、原書の新刊が船便で届くと、客が店先に行列をなしたという。
たしかに、今ではインターネットで客が日本から直接ほしい本を買えるようになった。〈ジュンク堂〉もヨーロッパ各国でネット販売を展開しているほか、日本の個人客から仏語書籍の注文もある。だが、店舗をもっている強みは、お客さんが実際に手に取って、本と〈出会える〉ということにある。店では各店員が自分の棚をもち、入荷する本を決める。個性のある品揃えに加えて、選んだ店員のアドバイスを受けることができるのだ。在庫がなくても、金曜日に注文すれば、次の火曜日には日本から本が届く。
地下の文具コーナーは、一見、日本によくある文房具店のようだが、珍しい商品も並んでいる。「日本の文具はアイデアがすごい」と言うリシャルドさんのおすすめは、芯を使わないホッチキスだ。墨ではなく水で書くので何度も練習できる書道セットも目を引いた。来年こそ、久々に書き初めでもしてみよう。(康)
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